鉄花戦跡の春休み
深杜ハルカが与えられたのは、敗戦の跡地だった。
土は黒く、砦は崩れ、農作物は育たない。だが月の最初の朝になると、地中の古い武器が赤い鉄花へ変わって咲いた。石像の庭師が花を摘み、茎から鉄を分け、農具工房へだけ出荷する。剣や槍に加工できないよう、領地契約そのものに制限が刻まれている。
最初の月次通知は簡素だった。
〈鉄花百四十本、鋤・鍬用素材として売却済み。今月の維持費および生活費を確保しました〉
ハルカは胸を撫で下ろした。金額は小さい。それでも、軍具修繕隊へ戻らず春を越せる。
最初の収益でハルカが買ったのは、砦を直す石でも新しい鎧でもなく、井戸の縄と野菜の種だった。鉄花の代金は多くないが、崩れた井戸を一つ使えるようにし、土地の端へ豆を蒔くには足りた。翌朝、石像の庭師は鉄花に触れず、その小さな畝へだけ水を運んだ。戦跡は武器を作らなくても価値を生み、彼も戦えること以外で役に立ってよかった。
壁には、修繕隊の黒い制服が残っていた。袖は刃で裂け、胸当ての内側には夜勤札が十五枚も挟まっている。戦が終わっても「次の戦に備えろ」と働かされ、眠りかけるたび緊急の鐘が鳴った。
その鐘と同じ音が、通信具から響く。
『ハルカ、鉄が採れるそうだな。軍へ優先納品しろ。それから修繕隊へ戻れ』
元隊長だった。
「この鉄は農具にしかなりません」
『契約など書き換えればよい。報奨も出す』
「書き換えません」
『国に育ててもらった恩を忘れたか』
ハルカは、赤い花を一本手に取った。武器だった鉄が、今度は畑を耕す。自分も同じように用途を変えてよいはずだった。
「国に使われた時間は、もう返ってきません。残りは私が使います」
『命令だ』
「その言葉が届かない土地を、私は選びました」
通話を終え、軍の番号を着信拒否へ入れる。
鉄花を摘み終えた跡地には、小さな黄色い草花が一輪だけ残っていた。売れない花だった。
ハルカはその隣に敷物を広げ、パンと林檎を置く。砦の影で一人の春休みを始めると、遠くで鋤を打つ明るい槌音がした。