銀杏を割る夜
塚原章吾は、恋人の相談に答えるのが得意だった。
転職で迷えば求人を比較し、人間関係で悩めば相手の意図を分析した。泣いているときにも「つまり、こうすればいい」と結論を出した。
別れを告げられた夜、彼女は言った。
「私は答えが欲しいんじゃなくて、あなたの前で困っていたかった」
章吾には、その意味がすぐには分からなかった。
彼女が泣くたび、章吾は自分が役に立てることへ安堵していた。解決案が採用されれば、愛されている証拠のように感じた。何もできず隣にいる時間を、無能だと思われる時間だと恐れていた。別れ話の最中にも、二人の問題点を箇条書きにしようとした。彼女が黙ると、章吾は沈黙を失敗だと思い、さらに言葉を足した。
だから帰宅する前に「木戸」へ寄った。客は一人。店主へ熱燗を一杯頼むと、銀杏の素揚げが小皿で出た。薄い皮を押すと、ぷちりと裂ける。中の翡翠色は指が驚くほど熱く、油の香ばしさのあとに独特の青い匂いが立った。
章吾は別れのメッセージへ返事を書いていた。「君が本当に求めていたことを説明してほしい」。読み返すと、それもまた質問の形をした解決要求だった。
銀杏の皮がうまく割れず、爪の間に食い込んだ。
「押す場所、そこじゃない」
店主が小さな木べらで端を示した。章吾が押すと、今度は簡単に開いた。
返事はいらない、と彼女は最後に書いていた。章吾は下書きを消した。理解したことを伝えたい気持ちは残ったが、伝えることで自分が安心したいだけだと気づいた。
明日は、部下との面談がある。退職を迷っている若手に、用意していた異動案をすぐ出すのではなく、最初に「今日は、聞くだけでいい?」と尋ねることにする。恋を仕事の練習に使うつもりはない。ただ、自分の癖は明日も生きている。
彼女が戻る理由にはならない。章吾が聞き方を覚えるころ、彼女は別の場所で安心して困れる相手を見つけているかもしれない。
最後の銀杏は、指先を焼くほど熱かった。噛むとほろ苦く、塩の粒だけが明るく舌に残った。