銅貨一枚ぶんの生存
迷宮の石扉前で、勇者グラードが銅貨を一枚、フェルカへ投げた。
「先頭は新人の仕事だ。拾って進め」
同じ銅貨だった。王冠側に小さな傷があり、床へ落ちると三度跳ねる。
前の人生で荷物持ちのフェルカは命令に従った。銅貨を拾うため中央の石板へ乗り、天井から落ちた刃に両脚を奪われた。勇者たちは彼女を囮にして宝箱だけ持ち帰り、「勝手に罠を踏んだ」と報告した。治療費すら払われず、彼女の名は攻略記録から消された。
死にかけたフェルカが最後に見たのは、石扉の脇へ刻まれた小さな文字だった。血で視界が曇る中、その一文だけを魂へ焼きつけた。
《重き者ではなく、欲深き者を裁く》
二度目の迷宮で、フェルカは銅貨を拾わない。
「嫌です」
勇者が笑う。
「命令を拒むなら、パーティーから追放だぞ」
「どうぞ。その前に、あなたの銅貨を返します」
フェルカは収納袋から同じ価値の銅貨を百枚取り出し、勇者の足元へばらまいた。グラードは反射的にしゃがみ込み、両手で集め始める。
石扉の文字が赤く光った。
床は「重さ」ではなく、所有者が欲に屈した数を測っていた。
勇者の膝下で石板が沈む。
天井から刃が落ちた。しかしフェルカは既に全員の外套を引き、壁際の安全線へ移動させている。刃は銅貨だけを細かく断ち切り、グラードの鼻先で止まった。
勇者の顔から笑みが消える。
さらに石扉が開き、奥から青い光が差した。前の人生では罠を越えた勇者だけに開いたと思われていた扉だ。
《審判完了。欲深き指揮者の権限を剥奪》
《罠を見抜き、仲間を救ったフェルカを新たな攻略者に認定》
グラードの胸の勇者章が外れ、床へ転がった。
フェルカは傷のある銅貨だけを拾う。前回なら、その瞬間に彼女の生命表示は赤く消えた。
視界の端のパーティー欄には、五人全員の緑色が残っている。
そして勇者が、初めて違う言葉を吐いた。
「待て。俺を置いていかないでくれ」
フェルカは開いた扉の先へ歩きながら答えた。
「先頭は、指揮者の仕事でしょう?」