鏡のない部屋

澄香は、私のムードボードを見ると、鏡の写真だけ裏返した。

「この部屋、どこで撮ったの?」と聞いても、「素材サイトです」と答える。以前は自宅だと言っていたはずなのに。家族写真の写る棚も、私が近づくと手で隠した。

インテリア会社で、私は生活の匂いを設計へ移すのが得意だった。澄香はセンスがあるのに、自分の経験を仕事へ昇華できない。だから彼女の部屋で見たものを、私が形にした。

細い真鍮の取っ手、窓辺の低い椅子、薬瓶を隠せる青い戸棚。母親を看取ったあとも残していた部屋は、静かで美しかった。私は資料用に何枚か撮り、ホテルの長期滞在室へ応用した。

以前、澄香から留守中の植物を頼まれ、玄関の暗証番号を教わっていた。母親が亡くなったあとも番号を変えなかったのは、私なら入っていいという意味だと受け取った。

冷蔵庫には葬儀の日付を書いた作り置きがあり、寝室の扉には「開けないで」と紙が貼られていた。私は生活動線を知るため、その紙も写真の外へ外した。

クライアントへの最終提案で、澄香は私のボードを自分の席へ置いた。

「このデザインは、私の案です」

私は耳元で言った。

「思い出を作品にしてあげたのは私でしょう」

彼女は返事をせず、裏返していた鏡の写真を投影した。

トリミング前の画像には、部屋の入口に立つ私が映っていた。靴を履いたまま、スマートフォンを構えている。撮影日は、澄香が忌引きで会社を休んだ日だった。

「合鍵、返してくれたと思っていました」

「植物に水をあげに行っただけ」

「母の薬まで開けたんですか」

「収納寸法を測るためよ。捨てるより、きれいな形で残した方がいいでしょう」

クライアントは提案を保留し、会社は私物写真の使用経緯を調べることになった。私は澄香に、感情的になって才能を潰すのはもったいないと忠告した。彼女は鍵を交換したとだけ告げた。

私はまだ、あの部屋を最も美しく見せられるのは自分だと思っている。

完成予想図から消された鏡には、撮影した私の腕だけが、最後まで残っていた。