閉店後に届いた一行
「閉店後の連絡は、翌日に返します」
小さな書店で働く綿貫由芽は、取引先へいつもそう案内していた。夜は本を閉じ、仕事も閉じる。例外を作れば、生活の境目がなくなるからだ。
常連客の沢井皓太だけは、閉店間際に来ても急かさなかった。由芽が好きそうな新刊を見つければ黙って棚へ戻し、翌週買いに来る。二人は本の話なら尽きないのに、店の外で会ったことはない。皓太が立ち読みを終える時刻に合わせて由芽がレジを閉め、由芽が重い新刊を運ぶ日は皓太が偶然を装って現れる。その偶然を、二人とも一度も約束とは呼ばなかった。
商店街の再開発で、書店の閉店が決まった夜。由芽は店主へ送るつもりで、業務用チャットへ入力した。
《最終日の閉店後、少し残ってもらえますか》
《沢井さんに、店がなくなっても会いたいと伝えてから鍵を返したいです》
送信先は店主ではなく、前日に取り置き連絡をした皓太だった。
由芽は取り消したが、既読の印が残った。皓太から返事はない。
最終日。最後の客が帰り、由芽は看板を裏返した。シャッターを半分下ろしたところで、外から手が差し込まれる。皓太だった。いつもの紙袋ではなく、二冊の手帳を持っている。
一冊を由芽へ渡し、最初のページを開く。来週土曜、古書市。翌月、文学館。さらに先には、まだ日付のない喫茶店の名前が並ぶ。
「閉店後の連絡は、翌日ですよね」
「もう翌日になってないです」
時計は二十三時五十八分。
皓太は店内へ入り、二人で最後の照明を消した。零時になった瞬間、彼は由芽の業務用連絡先を削除し、私用スマホへ登録し直す。表示名は《綿貫さん》ではなく《由芽》。
由芽も《沢井様》を《皓太さん》へ変え、最初の予定へ参加を押した。
シャッターの外へ出ると、皓太が手を差し出す。暗い商店街を歩くための手ではないと分かって、由芽は指を絡めた。店の鍵は店主へ返したが、皓太の手の温度だけは、返す期限を決めなかった。
閉店後の連絡は翌日に返す。
店が閉じた次の日、返ってきたのは一通の返事ではなく、店の外で続く二人分の手帳だった。