隣室から届いた応援スタンプ

鷺沢真帆の郵便受けに、三度目の注意書きが入っていた。

〈夜間、話し声が響いています。二十二時以降はご配慮ください〉

真帆は昼間、図書館の契約職員としてほとんど声を張らない。だが週末はゲーム配信者〈マホロバ〉になり、勝てば机を叩き、負ければ叫んだ。顔は出していない。隣人に正体を知られるほうが、管理会社から注意されるより怖かった。

その夜は配信を休み、吸音材を検索した。値段を見てため息をつくと、配信アプリに新しいメッセージが届いた。

送り主は〈二〇三の夜更かし〉

〈隣の部屋です。壁越しに聞こえて、チャンネルを見つけました。怖がらせたらごめんなさい〉

真帆はスマートフォンを落としかけた。勤務先まで調べられたら。顔を見られたら。退去したほうがいいのか。

続きが届く。

〈注意書きを入れたのも私です。赤ん坊が起きるので。でも、あなたの配信が嫌いなわけではありません。授乳の時間、片耳イヤホンで見ています〉

最後に、眠そうな赤ん坊と剣の応援スタンプが並んでいた。

真帆は返信欄へ何度も文字を打っては消した。やがて、正直に書く。

〈ご迷惑をかけてすみません。二十二時以降は声を出す配信をしません。床と壁も対策します〉

すぐ返事が来た。

〈うちに余った防音マットがあります。廊下に置いていいですか〉

翌朝、玄関前には灰色のマットが四枚と、個包装の紅茶が置かれていた。隣室の扉は閉まったまま。互いに顔を合わせない距離が、真帆にはありがたかった。

配信予定を変更し、賑やかなゲームは二十一時五十分まで、その後は文字だけで進める静かなゲームにした。視聴者には理由を隠さず「ご近所と暮らすため」と説明した。

最初の静音配信で、真帆は声を落として言った。

「好きなことを続けるなら、好きじゃない人の夜も守らないとね」

チャット欄に〈二〇三の夜更かし〉が現れる。

〈今夜は寝ました。ボス、倒して大丈夫です〉

真帆は笑い声を手で押さえ、剣のスタンプを返した。

壁の向こうから、赤ん坊の小さなくしゃみが一つだけ聞こえた。