雨粒のティアラ
井吹菜月がガーデンチャペルから走り出したのは、雨が降ったからではなかった。
空が暗くなり、会場スタッフが屋内への変更を提案した。雷注意報も出ている。それでも新郎の父は「これだけ金をかけた庭だ」と譲らず、新郎も「十分で終わるから」と笑った。濡れた椅子には高齢の祖母たちが座り、金属製のアーチが風に鳴っていた。
安全管理の仕事をする菜月は、控室でティアラを外し、片桐沙和に言った。
「誰も動かさないなら、私が式を止める」
沙和はイベント会社で働き、多少の雨なら演出に変える人だ。濡れたベールも、曇った空も、写真にすれば記憶になる。菜月が規則を優先して楽しみを削るたび、融通が利かないと思ってきた。
「雷、まだ遠いよ」
そう言いながら窓を見ると、庭の端でスタッフの女性が一人、重い椅子を運んでいた。親族は軒下から眺め、新郎側の責任者は進行表を離さない。
沙和はヒールを脱いだ。
「何列目から?」
菜月は答える代わりに、ドレスの裾を腰までたくし上げた。二人は庭へ戻り、後方の列から招待客を屋内へ案内した。沙和が大声で行き先を示し、菜月が足元の滑りやすい場所にナプキンを敷く。新郎の父に止められても、沙和は進行係の腕章を借り、「安全確認が終わるまで中断です」と言い切った。
菜月は式を続けるかどうかを、その場では決めなかった。まず祖母の車椅子を押し、次に子どもたちをロビーへ入れた。二人で最後の椅子を持ち上げたとき、近くで雷鳴がした。
屋内へ運び込んだ椅子から、水が細い筋になって床へ落ちた。菜月のティアラにも雨粒が並んでいる。
「きれいじゃん」
沙和が言う。菜月は「今それ言う?」と笑った。笑いはしたが、考えが同じになったわけではない。
会場側が中止を決め、客に温かい飲み物を配り始めた。新郎は菜月のところへ来ようとしたが、菜月は「全員の確認が先」と手で制した。沙和も隣で、招待客名簿に避難済みの印を付けた。
最後の一人に丸が付く。二人は同時にペンを置いた。
菜月はティアラをタオルの上へ置き、沙和は濡れた靴をその隣に並べた。式の話は、それからすることにした。