雨音の中の駅名
雨が強くなると、駅名は半分しか聞こえなかった。
楓はドアの上の表示を見て、降りる駅を確かめた。車内放送は屋根を打つ雨と空調の音に混ざり、語尾だけが残る。電車が走り出せば、今度は車輪の回転が床を細かく震わせた。
友人の結婚式で着る服を選んだ帰りだった。
試着室の鏡の前で、店員はどれも似合うと言ってくれた。けれど招待客の写真を想像するたび、肩の幅や腰の位置が気になった。結局、一番目立たない紺色のワンピースを買った。紙袋は雨を吸い、膝の上で少し柔らかくなっている。
向かいの端に、透明な傘を持った女性が座っていた。傘の先から落ちる雫が、車内の床へ丸い点を作る。電車がカーブすると水滴も横へ滑り、女性は気づいて傘を自分の靴の間へ寄せた。楓の紙袋へ水が届かないようにする、ごく小さな動きだった。
楓は会釈した。女性もほんの少し顎を引いた。
それ以上は何も起こらない。女性は次の駅で降り、透明な傘を開いた。ホームの照明が薄い膜に反射し、すぐ雨の向こうへ消えた。
電車が発車する。床に残った丸い水滴が、振動で一つに集まり、また散る。女性の座っていた場所だけ、座面がわずかに濃く見えた。楓は紙袋の濡れた角を指で押さえ、包装の内側まで水が届いていないことを確かめた。
次のトンネルで照明が窓へ重なり、紺色の紙袋と自分の輪郭が同じ色に沈んだ。雨音は遠のき、車輪の音だけが残った。
披露宴には、久しぶりに会う人が多い。仕事はどう、恋人は、これからは。聞かれて困る質問を先回りして考えていた。でも、雨音の中では駅名さえ全部聞き取れない。分からない言葉を、無理に補わなくても電車は進む。
次の案内も半分だけ聞こえた。楓は表示で確かめ、それで十分だと思った。
自宅の駅へ着くと、雨はまだ強かった。紙袋をコートの内側へ抱え、傘を開く。ワンピースが似合うかは、当日もう一度鏡を見ればいい。今夜は濡らさず持ち帰っただけでよい。
誰かの祝福に囲まれる日を想像しながら、一人で歩く夜もある。楓は雨の音に名前をつけず、家までの道へ踏み出した。