雨音より小さな相談

放課後、突然の雨で運動部がすべて校舎へ戻り、図書室だけがいつもより混んだ。

窓を打つ雨音が強く、ページをめくる音も、椅子を引く音も消えた。

僕は参考書の陰で寝ていた。向かいの席に、同じクラスの子が座ったことにも気づかなかった。

机を軽くたたかれ、顔を上げると、ノートが差し出された。

『少しだけ、話していい?』

声を出しても雨に消されそうなのに、彼女は文字を選んだ。

僕がうなずくと、次の行へ書いた。

『明日の発表、出たくない』

彼女は国語の朗読担当だった。声がきれいで、先生にも褒められている。嫌がる理由が分からなかった。

『みんなの前に立つと、息ができなくなる』

教室では平気そうに見えた。だからこそ、誰にも言えなかったらしい。練習では読めるのに、本番を想像すると夜まで胸が苦しくなる。

僕は何と書けばいいか迷った。

『休めば?』

彼女は首を振った。

『逃げたら、次も怖い』

『出たら?』

『それが怖い』

どちらも正しいから、どちらも役に立たなかった。

雨はさらに強くなった。窓の向こうが白くなり、校庭が見えない。

僕は彼女の教科書を開いた。

『ここで読んでみる?』

『人いる』

『雨のほうが大きい』

彼女はしばらく迷い、本文を指で追った。最初の一文は息だけだった。二度目は、僕にしか届かない声になった。

僕は聞こえた部分に丸をつけた。聞こえなかった部分には点を打った。

彼女は三行読み、止まった。

『無理』

僕はノートへ書いた。

『三行は読めた』

『明日は三ページ』

『一行ずつ三百回』

彼女が笑った。声は雨に消えたが、肩が揺れたので分かった。

閉館まで、彼女は同じ段落を何度も読んだ。図書室の人たちは誰も振り返らなかった。聞こえていなかったのか、聞こえても聞かないふりをしたのかは分からない。

翌日の発表。彼女は教壇に立ち、最初の一文で声を詰まらせた。

教室が静かになった。

僕は机の上で、昨日と同じように指で丸を描いた。

彼女はそれを見て、もう一度読んだ。今度は最後まで声が続いた。完璧ではなかった。途中で震え、二か所読み間違えた。

発表後、ノートが僕の机へ滑ってきた。

『雨、降ってないのに聞こえた?』

僕は返した。

『昨日より大きかった』

放課後、図書室の窓には薄い日が差していた。

彼女は雨のない静けさの中で、もう一度同じ文章を読んだ。今度は相談ではなく、自分の声を確かめるために。