雪杉の下

吹雪の山荘前で、投資家の稲城が倒れた杉の下敷きになっていた。幹は直径七十センチ。道路が塞がれ重機も来られず、遺体は雪がやむまで動かせない。宿の窓から見ると、枝に積もる雪だけが白い墓標のようだった。

山荘にいたのは林業家の紅谷、主人の鍬形、風景写真家の法木。稲城は周辺の森を買い、伐採か保護かを翌日決めるはずだった。紅谷は伐採契約を、鍬形は観光資源を、法木は撮影地を失うかもしれない。三人とも稲城と口論している。

紅谷は突風で弱った杉が倒れたと言い、鍬形は稲城が一人で散歩へ出たと話した。法木は対岸の尾根で夜景を撮っていたという。だが吹雪で尾根は見えず、法木は撮影データの提示を『機材が濡れる』と拒んだ。紅谷は重機を待つべきだと繰り返し、鍬形は毛布を遺体へ掛けたがった。私はどちらも止め、雪面を踏み荒らさぬよう、木の周りの三点だけを見た。

第一。血だまりは幹の脇に広がり、幹の真下にはほとんど染み込んでいない。稲城は木に潰されて死んだのではなく、出血後に覆われた。

第二。根元は自然に折れず、三分の二まで鋸で切られている。しかも倒れた向きは夜通し吹いた北西風と正反対で、樹皮には平行な引き擦り傷がある。

第三。その傷に赤いナイロン繊維が食い込み、法木の四輪駆動車から同色の牽引帯だけがなくなっていた。切れた端の撚りも一致した。

法木は、撮影機材を引くため帯を貸したと言った。しかし誰に貸したかは答えられず、カメラの時刻表示ばかりを確かめた。

杉は風で倒れたのではない。法木はあらかじめ幹を途中まで切り、別の場所で殺した稲城を根元へ置き、車の牽引帯で風上側へ引き倒した。血が幹の外へ先に流れているため事故死の順序は逆であり、鋸目と倒木方向が人為的な牽引を示す。最後に樹皮へ残った赤繊維が、その道具を法木の車へ戻す。仕掛けは一本の牽引帯。重くて動かせない杉ほど、犯人がどちらへ動かしたかを鮮明に残していた。 風向きと逆の倒木を自然事故と呼べる余地はなく、三人のうち牽引帯を失った者も一人だけだった。