雪解け軟膏の配当
雪村颯の軟膏は、晴れた日にだけ作られる。
屋根へ積もった雪が日差しで溶けると、細い管を通って調合台へ落ちる。雪解け水は銀皿の上で薬草油と混ざり、太陽石が適温まで温める。凍傷用、ひび割れ用、筋肉痛用。町の注文板とつながった型が必要な缶だけ満たし、山麓の売店へ滑らせる。
颯は曇りの日に焦らなくなった。作れない日は、作らない。
北方建設団の救護班にいた頃、白い防寒服は肘が擦り切れ、内側まで薬品の匂いが染みていた。吹雪でも工期は止まらず、倒れた作業員を診ながら、自分の指先の感覚がなくなっていった。退職後も通信板には『凍傷者増加』『救護班欠員』が未読で点滅している。
久しぶりの快晴の日、太陽石が黄金色に光った。
《軟膏四十缶、販売完了。今月分の配当を送金しました》
冬を越せる額だった。とはいえ颯が笑ったのは数字ではない。今日は缶が自動で詰まり、自分は一度も冷たい手を握らなくてよかった。
その瞬間、元現場長から通信が入った。
『寒波が戻る。明朝から救護所へ来い。お前がいないと現場を止めることになる』
「止めてください」
『工期が遅れるぞ』
「人の指より工期が大事なら、私はなおさら戻れません」
『高い給料を出す』
颯は窓辺の缶を一つ撫でた。
「私が欲しかったのは、寒い日に外へ出ない権利です」
通信を切り、未読表示も消した。外では雪が眩しく、軟膏の缶が一つずつ坂を滑っていく。
建設団では《止める》という言葉が禁句だった。雪が深くても、風が強くても、工程表だけは前へ進められた。だから颯は、自分の工房に停止の日を作った。陽が出なければ釜は動かず、注文板には《天候待ち》と表示される。それでも客は離れなかった。無理に作って品質を落とすよりよいと、むしろ予約が増えた。止まることは失敗ではない。雪の下で地面が春を待つように、必要な休止がある。
颯は厚い靴下のまま揺り椅子へ座り、蜂蜜入りの温かい乳を両手で包んだ。今日は誰かに飲み終える時刻を急かされず、窓の雪が青くなるまでゆっくり飲むことにした。