零点賢者の共同研究室

カナメの卒業研究は、公開実験で天井まで崩した。

『無詠唱結界の安定化』。題名だけは立派だったが、結界は三秒で裏返り、観覧席の机を宙へ吸い上げた。けが人はいない。だが宙へ吸われた机は粉々になり、観覧していた下級生たちは悲鳴を上げた。教授は採点板へ大きく零点を書き、研究室の使用停止を命じた。赤い数字だけが、崩れた壁より鮮明に見えた。

カナメは瓦礫の中から私物を拾った。四人で撮った研究祭の写真も、端が焼けていた。自分の部分だけ切り取ろうとして、指が止まる。前の学院でも、魔法事故のあと共同研究者から名簿を外された。今度の三人も、卒業を守るために別の研究へ移るはずだ。共同名簿から自分の名を消し、三人分の退室届を先に書いた。捨てられる前に道を空ける。それが一番迷惑をかけないと思っていた。

壊れた扉の向こうから、剣術研究者エリゼが机を引きずってきた。彼女は無傷だった隣室ではなく、カナメの机の横へ置く。

「結界が裏返る瞬間、剣の軌道が曲がった。再現して」

「研究は停止だ」

「机を置くなとは書いてない」

資金担当のパメラは、教授へ返すはずだった研究印をカナメの掌へ押し戻した。

「予算は半分になった。でも零ではない。天井修理に使った残りで、模型を作れる」

精霊学者コーデリアは、崩れた棚から四人分の茶器を救い出した。一つ欠けたカップを自分の前に置き、無事なものをカナメへ渡す。

「精霊は暴走しなかった。あなたの失敗は、私の仮説を一つ証明したわ」

「僕と組めば、みんなの点まで下がる」

三人は顔を見合わせた。エリゼは机の脚を固定し、パメラは新しい申請書に四人の名を書き、コーデリアは欠けたカップへ茶を注いだ。

「また一人にされると思った」

カナメが呟くと、誰も慰めなかった。代わりにエリゼが実験時刻を決め、パメラが修繕費を計算し、コーデリアが新しい題名を黒板へ書く。

『無詠唱結界の反転利用――共同研究』

壊れた入口には、四人の名札が並べ直された。

零点の下にも、カナメが帰る研究室は消えていなかった。