青いチョークの忘れ物
白石穂波が教室へ戻ったのは、青いチョークを忘れたからだった。
美化委員会で使うと言って借りたまま、机の中へ入れていた。戸を開けると、稲垣透子が一人で窓を閉めていた。
春から口をきいていない相手と二人きりになるには、放課後の教室は静かすぎた。
「チョーク取りに来ただけ」
「聞いてない」
「説明したんじゃない」
穂波は自分の机を探した。青いチョークは見つからず、代わりに天板の端の文字が目に入った。
――ずっと友だち。
小学生みたいな字だった。二年の最初、席が隣だったころ、二人で書いた気がする。どちらがどの文字を担当したかは覚えていない。
透子も気づき、雑巾を持ってきた。
「消すの?」
「落書きだから」
「今さら」
「今だから」
噂の出どころを、穂波は透子だと思っていた。透子は穂波が自分を避けたと思っていた。確かめないまま、夏が終わり、冬が来た。原因より沈黙の方が長くなっていた。
透子が「ずっと」の「ず」をこする。穂波は反対から「と」をこすった。青い粉が雑巾について、文字がぼやける。
「私、言ってないから」
透子が突然言った。
「何を」
「穂波が先輩に告白したとか」
「してない」
「知ってる」
「じゃあ何で避けたの」
「穂波が目をそらしたから」
「透子が黙ったから」
同じ言い訳を、別々の側からしていた。二人は手を止めた。
夕日が「友だち」の四文字だけを照らしている。「ずっと」は薄い汚れになった。
「全部消す?」と透子。
「そこは残してもいいんじゃない」
「今さら?」
「今だから」
穂波は机の中をもう一度探した。青いチョークは透子の机に入っていた。いつか貸したまま、席替えで分からなくなったらしい。
透子がそれを半分に折り、一本を穂波へ渡した。
「美化委員、二本必要でしょ」
「折ったら一本が二本になる理論?」
「昔、穂波が言った」
「忘れた」
「私は覚えてる」
黒板に、二人で翌日の予定を書いた。同じ青でも、筆圧は違った。
帰るとき、机には「友だち」だけが残った。期限を書かなかった分、前より正直な言葉に見えた。