青い栞は五十二頁

小雀理久は、図書室の返却口で青い栞を拾った。

厚紙を細く切っただけの栞で、片面に鉛筆で一行書かれていた。

『この本の最後、好きですか』

一緒に落ちていたのは、理久が前日に返した短編集だった。

質問が自分へ向けられたものかはわからない。それでも理久は栞の裏へ書いた。

『最後より、途中の雨の場面が好きです』

同じ本の五十二頁へ挟み、棚へ戻した。

翌日の放課後、青い栞は返却口にあった。

『雨の場面、読み飛ばしていました。読み直したら好きになりました。』

それから、栞は一日おきに往復した。

薦めたい本。嫌いな主人公。途中で閉じた物語。返事はいつも短く、名前は書かなかった。

教室では話す相手の少ない理久が、放課後だけは返却口へ急いだ。誰かが自分の一行を待っている。そのことが、図書室までの廊下を少し短くした。

二週間目、栞に新しい質問があった。

『会ったら、話せますか』

理久はしばらく鉛筆を持ったまま考えた。

書くなら、消して直せる。黙っても間が空かない。顔を見れば、何も言えなくなるかもしれない。

『たぶん、一行ずつなら』

そう書いて返却口へ置いた。

次の日、栞はなかった。

その次の日も、ない。

理久は自分の返事が遅すぎたのだと思った。会いたくないなら、そう書けばよかった。曖昧な一行で、相手を困らせた。

金曜の放課後、図書室の机に短編集が開いていた。

五十二頁。

青い栞の代わりに、女子生徒が一人座っている。見覚えはある。同じ学年で、朝礼ではいつも列の端にいる人だった。

机の上の紙へ、一行書く。

『遅くなりました。話す練習をしていました。』

理久は向かいへ座り、同じ鉛筆を借りた。

『僕もです。』

女子は紙を見て、初めて声を出した。

「これ、会話になってないね」

「一行ずつって書いたから」

「じゃあ次、口で」

「何を」

「雨の場面」

二人の会話は、栞よりずっと遅かった。途中で何度も黙り、同じ頁を見た。

閉館のチャイムが鳴るころ、青い栞は短編集へ戻された。

もう質問は書かれていなかった。

返事を待つ必要がなくなったからだ。