風鬣馬は豪華な鞍を嫌う

春の競馬祭で、聖獣の風鬣馬が騎手を三人振り落とした。

銀青の鬣をなびかせるたび突風が吹き、観客席の天幕がめくれ上がる。貴族たちは「人を選ぶ高慢な獣だ」と騒ぎ、調教師は鞭を握った。

厩舎の水汲み係キリクは、馬が鞍を載せられたときだけ暴れることに気づいていた。

誰も乗っていなければ静かだ。だが宝石を散りばめた祭礼鞍を近づけると、耳を伏せ、背を沈める。

「外してください。背中が傷ついています」

「この鞍は百年前から聖獣が戴く名品だぞ」

古いことと、今の体に合うことは別だ。

キリクが手を伸ばすと風鬣馬は歯を見せた。それでも彼は鞭ではなく、鞍の留め具へ手をかける。風が顔を打ち、帽子が飛んだ。

「噛んでもいい。でも鞍だけは外す」

留め具が外れると、重い鞍が砂へ落ちた。

その下の銀毛は汗で黒く濡れ、背骨の両側が赤く擦りむけていた。飾り金具の一つが内側へ曲がり、肉へ食い込んでいる。

調教師が顔をしかめる。

「少しの傷だ。聖獣なら耐えられる」

キリクは初めて上役を睨んだ。

「耐えられることと、痛くないことは違います」

冷たい水では筋肉が固まる。彼は日なたで温めた湯を布へ含ませ、汗と血を拭いた。消炎草をすり潰し、背中へ薄く塗る。風鬣馬は鼻息を荒くしたが、一度も蹴らなかった。

次に腹帯を外すと、胴にも古い圧迫痕が何本もあった。

キリクは自分の昼食の燕麦餅を砕いて掌に載せた。

馬は一口食べ、もっと寄こせと鼻先で胸を押す。その力に、彼は思わず笑った。

祭主が宣言する。

「式を遅らせるな。別の鞍を載せよ」

風鬣馬は観客の前へ歩き出した。ただし祭主の前では止まらず、キリクのそばで前脚を折る。乗れという姿勢ではない。長い首を曲げ、彼の膝へ頬を押しつけたのだ。

額の渦紋が光り、キリクの胸にも風の契約印が灯る。

鬣を梳くと、一本一本が涼やかに揺れた。その奥の首筋は生きた湯たんぽのように熱い。大きな頭を預けられた腿はすぐ痺れたが、キリクは祭りが終わるまで、少しも動こうと思わなかった。