飛行船の引き綱
大陸横断飛行船〈白梟〉が高度千五百メートルを航行中、無線室の外に革包みが置かれていた。離陸後、乗員区画の扉は封印され、貨物室からの通路も見張られている。包みには、地上局から今朝盗まれた暗号表が入っていた。
容疑者は機関士の有馬、気象観測員の水無瀬、客室長の久遠。三人とも暗号表を売る接触先を持ち、発見時にはそれぞれ機関室、観測窓、食堂にいた。誰かが空中で荷物を受け取ったなら、外壁のハッチを開けた警報が残るはずだが、その記録もない。地上とは無線が途絶え、別の飛行機が接近した記録もなかった。
航法士の高梨が示した手掛かりは三つだった。革包みは片面だけが風で磨かれ、細かな塗料片を付けている。結び目には、離陸場の係留塔と同じ赤い防錆塗料が移っている。そして尾部観測索の巻き取り計は、規定より八十二メートル多く回転していた。
水無瀬は観測索なら自分も扱うと認めたが、飛行中に外へ出すのはセンサーだけだと述べた。久遠は離陸前、全客室を点検している。有馬は計器の誤差だと笑った。しかし巻き取り計は長さではなく回転数を数えるため、風で索が伸びても増えない。有馬は観測索を巻いたのは定例点検だと言い張ったが、定例点検なら規定回転数を超える理由にはならなかった。
高梨は尾部の収納口を開けた。そこから細い索が無線室裏の巻き上げ機へ続いている。離陸前に包みを索の外端へ結び、係留塔の陰へ残しておけば、上昇後に引き寄せられる。外壁のハッチを開く必要はない。
「有馬さんは離陸準備中に暗号表を革で包み、観測索へ結んだ。赤い塗料は係留塔に擦れた跡、片面の摩耗は船体へ引きずられた跡、八十二メートルの余分な回転は包みを空から回収した距離です。あなたは機関室から巻き上げ機を動かせる。荷物が飛行中に届いたのは事実ですが、送り主は地上に残った誰かではない。離陸前のあなたが、空中の自分へ発送したのです。係留塔に残した包みは、船が浮くにつれて索の下へぶら下がり、警戒区域を出てから巻き上げられた。空中受領の不可能は、発送時刻と受取時刻を同じ場所で考えたために生まれたのです」