魚針を抜いた朝

漁村の網置き場へ白狼が現れ、村人は魚泥棒を捕まえたと騒いだ。

昨夜から干物が消えていた。漁の不振を誰かのせいにしたかった村人たちは、沖から流れ着いた白い影を見た時点で犯人を決めていた。白狼の口元には血がつき、足元には千切れた釣り糸が落ちている。

「やはりこいつだ!」

「毛皮を売れば損も戻る!」

銛が並ぶ中、舟直しのネネカは白狼の口の動きを見ていた。噛みつこうとしているのではない。何度も舌で右の頬を押し、飲み込むたびに目を細めている。

「口を怪我してる。銛を下げて」

「食われたいのか、ネネカ!」

彼女は返事をせず、昨日の売れ残りの小魚を一尾、掌に載せた。白狼は匂いを嗅いだが、口を開けられない。代わりに喉から苦しそうな音が漏れた。

ネネカは膝をつき、自分の口を大きく開けて見せる。舟を直す手は節だらけだが、折れたものを余計に傷つけず外す仕事なら慣れていた。

「見せてくれる?」

白狼の金眼が彼女を見つめる。長い沈黙のあと、巨大な顎がゆっくり開いた。

上顎の奥へ、返しのついた魚針が刺さっていた。糸は牙へ絡み、動くほど深く食い込む。干物を盗んだのではない。捨てられた仕掛けにかかった魚ごと口へ入れてしまったのだ。

ネネカは舟釘用の小さなやっとこで針の先を切り、返しを逆から抜いた。白狼の顎が震えたが、彼女の腕には触れない。血を塩気のない水で洗い、魚を潰して作った薄い汁を木椀へ注ぐ。

白狼は舌だけでゆっくり飲んだ。

村長が咳払いをする。

「よし、治ったなら山へ追い返せ」

村長が投げ捨てた仕掛けには、同じ魚針が何本も残っていた。ネネカがそれを拾い上げると、責めていた漁師たちは目をそらす。

白狼は立ち上がり、村長の脇を抜けてネネカの修理小屋へ入った。狭い床へ無理やり伏せると、彼女の手首に波形の銀印が浮かぶ。沖を覆っていた濃霧もその瞬間だけ割れ、魚群のきらめく航路が小屋の窓から真っ直ぐ見えた。

「そこ、舟板を置く場所なんだけど」

白狼は聞こえないふりで彼女の膝へ顎を載せた。潮の匂いを含んだ白毛は朝日に乾きはじめ、濡れた毛布のような重さと、焚き火に似た温度で、ネネカの両脚をすっかり占領した。