黄色い安全線の内側

工場では、影が黄色い安全線を越えたら機械を止める。

持ち主が線の外にいても例外はない。影は危険区域を歩いてよいが、作業員は追ってはいけない。非常停止後、影が自力で戻るまで再稼働は禁止。生産遅延の責任は持ち主ではなく、影の勤務記録へつける。

垣守真澄は、包装機の夜勤を七年続けていた。

ラインは一分に百二十個の箱を流す。真澄の仕事は、印字のずれと封の浮きを見ることだった。人間より先に異常へ気づく影は重宝され、昇給査定でも別に点数がつく。真澄の影は一度も線を越えず、誰より規則正しかった。

同期は次々に辞めた。腰を痛めた者、昼勤へ移った者、結婚して遠くへ行った者。真澄だけが同じ位置に立ち、毎夜同じ箱を見送った。影も同じ角度で足元にいた。

新型機の導入日、ライン速度が一分百五十個に上がった。試運転の箱が流れ、班長は予定より早いと喜んだ。真澄は封の音が一つだけ軽いことに気づいたが、目視では異常がない。停止ボタンへ手を伸ばすほどの根拠はなかった。

そのとき影が離れた。

黄色い線を越え、稼働中の包装機へ歩いていく。真澄は即座に非常停止を押した。ベルトが止まり、赤灯が回った。班長は「影なら戻るまで待て」と時計を見た。誰も叱らない。遅延は影の記録になる。

影は機械の下へ潜り、一本の箱の前で止まった。真澄が保全担当を呼ぶと、箱の中から金属片が見つかった。新型機の固定ボルトだった。このまま流せば、次の回転で刃が外れていた。

事故は防がれた。班長は真澄ではなく、影の作業票へ表彰印を押した。報奨金も影名義の積立口座へ入った。真澄は笑って受領欄へ代理署名した。

再稼働の時刻になっても、影は戻らなかった。機械の下で、真澄から離れたまま直立している。保全担当は「危険を見つけた影は、その場所を安全だと確認するまで動きません」と言った。

確認は何年かかるか分からない。会社は真澄を昼勤へ異動させた。影のない者は夜間作業を禁じられている。

最後の夜、真澄は自分のロッカーを空にした。ラインの脇には、新しい黄色い安全線が引かれていた。機械の下に残った影を囲む、小さな四角だった。

その中央には、潰れた安全コーンが一個置かれ、コーンの影だけがまっすぐ立っていた。