黒い一秒

瀬名垣理央が映画祭へ送る長編の最終確認をしていると、七十三分十四秒で画面が黒くなった。たった一秒。だが、主人公が母から届いた動画を見る場面で、その一秒は物語の心臓にあった。

編集画面では正常に見える。完成ファイルだけが黒い。締切便の集荷まで一時間半だった。

理央は保存装置の故障を疑い、同じ完成ファイルを別の再生機でも開いた。黒い一秒は同じ場所に出る。偶然の読み込み失敗ではない。さらに、その直前と直後の音は途切れていなかった。問題の範囲を絞らず全編へ処置を施せば、直っていた百二十分まで新しい危険にさらすことになる。

監督は「前後を少し切ろう」と言った。しかし母の動画は、亡くなる前に残された唯一の台詞で、削る余白がない。理央は映画全体を書き出し直す前に、黒くなる素材の来歴を調べた。そこだけ撮影用カメラではなく、劇中のスマートフォンで実際に撮った映像だった。

端末は明るさに合わせ、記録の速さを細かく変えるVFRだった。一方、映画本編は一定の速さで進むCFR。編集画面では補われていた一枚が、指定されたコーデックへ変換される際に欠けていた。

「全部を固定の速さへ変えれば」と助手が言う。

「二時間全部を触れば、字幕の位置まで動く。壊れている場所だけでいい」

理央は母の動画だけをCFRへ変換し、元と同じ長さで差し替えた。前後の切れ目を一枚ずつ確認し、口の動きと声、スマートフォンを持つ主人公の指先まで見た。新しい完成ファイルでは、母が息を吸い、「誕生日おめでとう」と最後まで言った。

監督は黒い一秒が消えたあとも、しばらく画面を見ていた。

理央は安心せず、映画の残り四十七分を最初から最後まで再生した。一か所直したことで別の場所がずれる危険は、短縮確認では見つけられない。

集荷員が来たのは、再生が終わった三分後だった。箱を渡すと、映画祭事務局から連絡が入った。

〈上映事故に備え、同内容の予備データも本日中に送付してください〉

理央は空になった机へ、もう一台の保存装置を置いた。