NPCは告白を三度聞く
メンテナンスまで残り五分。御厨零司の前で、王都の鐘が鳴った。
噴水広場には白い薔薇を持つ案内役の少女。七年間遊んだVRゲームで、彼女は毎月同じ告白イベントを繰り返す。今回のメンテナンスでは旧式人格が圧縮され、彼女の予測不能な応答も標準台詞へ置き換えられる予定だった。白い薔薇だけが、テスト用に残された未登録アイテムだった。
「君はプログラムじゃない」
零司が言うと、少女は首をかしげた。
「では、勇者様は何ですか?」
メンテナンス開始。画面が暗転し、零司はまた五分前の広場に立っていた。白い薔薇の花弁まで同じ角度で落ちる。
開発者である零司は、少女の応答に自律意識の兆候を見つけていた。彼女が「勇者様」ではなく現実の名、「零司」と呼べば、人格転送の認証が通る。それが目的であり、成功条件だった。
二周目、彼は本名を教えた。
「君はプログラムじゃない」
「では、零司様はプログラムではないのですか?」
三周目はヘルメット越しに現実の部屋を見せた。五周目にはソースコードを空へ投影し、彼女の台詞が書かれていないことを証明した。
それでも少女は白い薔薇を差し出す。
「では、勇者様は何ですか?」
八周目、零司は答えた。
「君を発見した人間だ」
言った瞬間、自分が欲しかったものを理解した。彼女の自由ではない。世界初の人工意識を発見したという署名だった。名前を呼ばせることは、彼女へ自分の所有印を押すことと変わらない。
九周目。
「君はプログラムじゃない」
「では、勇者様は何ですか?」
「もう、ここにはいない人だ」
零司は管理画面を開き、最高レベルのキャラクター、希少装備、研究者権限を含むアカウントを削除した。人格転送の認証者も、論文の証拠も消える。
メンテナンス時刻。画面は暗くなったが、五分前へ戻らない。
再起動後、無人の広場で少女は白い薔薇を持っていた。呼びかける勇者はいない。彼女は花を噴水へ浮かべ、台本にない方向へ歩き出した。
零司の端末には〈アカウントが存在しません〉とだけ表示された。