午前二時の返品
灰庭アパレルの物流会議に呼ばれた木賊綾乃は、派遣社員用の灰色の名札を外さなかった。
三月末に百貨店へ納めた春物衣料、売上四億円。返品データは四月一日午前二時以降に登録されているため、三月期には全額を計上する。経理部長はそう説明した。
綾乃は、箱から漂った新しい布と雨の匂いを覚えていた。閉店後の百貨店から戻された商品は値札も外されておらず、倉庫の通路を端から端まで埋めた。日付だけが変わっても、八百十二箱は消えなかった。
「返品は四月に届いたんですね」
監査人が確認する。
「システム記録のとおりです」
綾乃は手を上げた。
「トラックは三月三十一日の午後十時四十六分に入っています」
物流部長が遮った。
「荷下ろしが日付を越えた。到着だけでは返品にならない」
「午後十時五十二分に受領しました」
綾乃は複写式の入構票を出した。運転手名、荷台番号、段ボール八百十二箱。受領者欄には綾乃の署名がある。
「なぜシステム登録が午前二時なんだ」
社長が尋ねた。
箱を開けずに積んでおけと言われたため、通路は塞がり、夜勤者は非常口まで遠回りした。綾乃は安全報告にも到着時刻を書いていた。
「午前零時までは返品スキャンをするな、と指示されました」
「誰に」
綾乃は黙って物流部長を見た。
物流部長は「棚卸処理と端末が競合するからだ」と言った。だが綾乃は、当夜の作業指示書も持っていた。赤字で〈返品登録は4/1 2:00以降。3月売上を確定してから〉とあり、物流部長の印鑑が押されている。
「単なる作業順序だ」
「百貨店との契約では、返品品が当社倉庫へ到着した時点で売上を取り消す、とあります」
経理部長が契約書をめくった。該当条項は、取締役会用資料には付いていなかった。
社長は綾乃の名札を見て、ため息をついた。
「派遣社員が決算に口を出すのか」
「私は、受領者です」
綾乃の署名と、物流部長の印鑑と、午後十時四十六分。三つが三月の側に並んでいた。
監査人は決算承認票を閉じた。
「四億円の売上取消を反映するまで、承認手続を停止します」