『上げすぎた評価』
九重広告の懲戒面談で、黒瀬嶺司は降格処分を言い渡される寸前だった。
生天目夕映の評価がBからSへ改竄され、編集者名には黒瀬のアカウントが残っている。黒瀬は「変更した覚えはない」と繰り返したが、人事部長は「部下を昇進させるための不正」と断じ、降格案を机に置いた。
夕映は隣で泣きそうな顔をしていた。「私のために、そんなことをしたんですか」
「していない」
黒瀬は評価表より先に、アクセス時刻を確認した。変更は先週金曜の十八時三十六分。その時間、黒瀬は顧客とのオンライン会議中で、録画にも顔と発言が途切れず残っている。
人事部長は「会議をしながら操作できる」と言った。
黒瀬は端末番号を指した。編集に使われたのは会議室〈紙雲〉の共用パソコン。黒瀬は別棟の顧客室におり、〈紙雲〉を予約していたのは夕映だった。用途は〈昇進資料作成〉。
夕映は「部屋を取っただけで使っていない」と否定した。
だが入室ログには夕映の社員証。さらに共用パソコンのブラウザ履歴には、人事ポータルを開く直前、黒瀬のパスワード再設定メールを表示した記録があった。夕映はその日の昼、黒瀬のスマートフォンを「充電しておきます」と預かっている。二要素認証通知も同じ時刻に承認されていた。
共用端末には、夕映が評価表を開く前に検索した語も残っていた。〈管理職 評価改竄 処分〉、〈ログイン履歴 消し方〉、そして〈部下のためなら情状酌量〉。最後の検索から三分後、黒瀬名義のS評価が保存されている。偶然の操作ではなく、結末まで設計した改竄だった。
「課長がやったことにすれば、私は被害者になれると思ったんです」
夕映の声は急に平らになった。「Sなら昇進、ばれても課長の温情。どちらでも得でしょう」
黒瀬は何も言わなかった。
人事部長は降格案を閉じ、黒瀬の処分欄を〈嫌疑なし〉へ変えた。夕映のS評価は原評価Bへ戻され、昇進推薦は取り消される。続けて懲戒解雇の審査ボタンが押された。
上げすぎた一文字は、黒瀬ではなく夕映の席を社内から押し出した。