「わからない」を冷凍しない
亜紀乃は、質問する前に検索する。検索して分からなければ資料を読み、資料でも分からなければ、分かったふりをする。企画会議で飛び交う略語を一つ聞き逃したせいで、三日かけた見積書の前提を間違えたこともあった。
それでも「初歩的ですみません」と口にするより、徹夜のほうがましだった。質問した瞬間、採用された理由まで疑われる気がする。だから会議中のメモには、答えではなく、あとで調べる印ばかり増えた。
夏の夜、マンションが二時間だけ停電した。亜紀乃が冷凍食品を保冷袋へ移していると、隣室のオマルが氷を分けてほしいと訪ねてきた。エジプトから来た彼は日本の家電メーカーで働いており、抱えていた袋には半分溶けたオクラが入っていた。廊下には、各部屋から運び出された保冷剤が青白く並んでいた。
「明日まで凍らせ直せますかね」
亜紀乃がスマートフォンで調べようとすると、オマルは首を振った。
「質問は冷凍できますか?」
「できないと思います」
「では、明日ひとつ、検索する前に人へ聞く。答えが溶けても大丈夫なもの」
彼は氷を受け取ると、それ以上説明せず帰った。
翌朝の会議で、新しい料金体系が示された。画面には「利用単位」という言葉が何度も出る。亜紀乃には、その単位が契約ごとなのか、利用者ごとなのか分からない。参加者は当然知っている顔で頷いていた。
検索窓を開く。社内資料を探せば、昼までには答えが見つかるかもしれない。その間にも会議は進み、見積もりの担当が亜紀乃に決まりそうだった。
質問は冷凍できない。
彼女は挙手機能を押した。マイクがつながるまでの一秒で、「初歩的ですみませんが」という前置きが喉まで来る。
亜紀乃はそれを飲み込んだ。
「確認です。利用単位は、契約ごとですか。それとも利用者ごとですか」
画面の向こうで、二人が同時に顔を見合わせた。説明役の部長が資料を戻し、「そこ、まだ決まっていません」と言った。
亜紀乃は検索窓を閉じた。議事録の先頭に、今の質問を消さずに打ち込んだ。