おにぎりは一つずつ
柚季と父は、運転見合わせの駅で一時間を過ごすことになった。
改札前のベンチは埋まり、二人は売店の横に並んで立った。父は何も聞かず、おにぎりを三つ買った。鮭、梅、昆布。昔から柚季の昼食は二つと決めていた。
「一個でいい」
「夕飯まで持たないぞ」
「足りなければ自分で買う」
「無駄遣いするな」
父は鮭と梅を柚季へ押しつけ、昆布を自分で持った。
柚季は鮭だけを受け取り、梅を売店の返却籠のそばへ置こうとした。店員が困った顔をする。父が慌てて梅を取った。
「食べ物を粗末にするな」
「だから最初に聞いて」
「お前が少食なのを忘れてた」
「少食じゃない。二つ食べるように言われてただけ」
ホームへ下りる階段は閉鎖され、案内放送が同じ文を繰り返していた。父は梅を持ったまま、包装の三角を見つめた。
二人は柱の陰に空いた小さなベンチを見つけた。父が端へ座り、柚季は一人分空けて腰を下ろした。父はその空白を詰めようとしなかった。
鮭のおにぎりを開く。海苔がぱり、と割れた。
「仕事、辞めるんだってな」
「誰から聞いたの」
「叔母さん」
「私から話すまで、聞かなかったことにして」
「もう聞いた」
「じゃあ、意見を言わないで」
「次は決まってるのか」
「言わないでって言った」
父は包装を握り、梅の赤い印を隠した。
案内板の時刻が一つずつ後ろへずれる。柚季は鮭を半分食べた。父は昆布を食べ終えたが、梅には手をつけない。
「それ、どうするの」
「夜に食べる」
「二つ食べると夕飯まで持たないんじゃなかった?」
父は一瞬、むっとした顔をしてから、梅を上着のポケットへ入れた。
「俺が決める」
「うん」
その言葉が自分にも返ってきた気がした。
やがて運転再開の放送が流れた。父は立ち上がり、「何線だ」と聞いた。
「私は地下鉄で帰る」
「同じ方向だろ」
「途中までね。今日は別で」
父は昆布の包装を小さく畳み、売店のごみ箱へ入れた。梅は持ったままだった。
柚季も鮭の最後の一口を食べた。二人前ではなく、一人分ずつの空腹を抱え、別々の改札へ歩いた。