この文は嘘である
尾上玄は、マイクへ口を寄せた。
「この文は嘘である」
柘植苑が目を閉じる。天井の判定機は、低い唸り声を上げたまま止まった。
二人の規則は一つ。判定機の横には、誤作動時に全扉を開く安全灯がある。主催者はそれを隠さなかった。完全な真偽判定に自信があり、使われるはずがないと考えていたからだ。
〈各自一文を述べ、二文の真偽判定が完了した時点で、真の文を述べた者だけを解放する〉
苑は先に「床は白い」と言った。床は白い。疑いようのない真実だ。彼女は勝利を確信していた。
玄の文は違う。
「この文は嘘である」が真なら、その内容どおり文は嘘でなければならず、真ではなくなる。偽なら、「嘘である」という内容が誤りなので、文は真になる。真にすると偽、偽にすると真。判定は終わらない。
〈解析中〉
〈再帰矛盾〉
〈解析中〉
『不正な文です』
主催者が割り込む。
玄は壁を見た。
「禁止されていない」
『意味を持たない文は発言として認めない』
「意味がないなら、どうして矛盾を検出した?」
苑の首輪も外れない。規則は「二文の真偽判定が完了した時点」で解放すると定めている。片方が未完了なら、彼女の真実も勝利に変わらない。
残り時間の表示がゼロになる。
主催者は手動処刑を命じたが、判定未完了中は安全回路が首輪への信号を遮断する。番組で誤判定による事故を起こさないため、自分たちが設けた保険だった。
〈規定時間超過。判定不能〉
〈安全退避を開始〉
二人の首輪が同時に外れ、非常扉が開く。
苑が玄を見た。
「あなたの文は、結局、真実なの?」
「さあ」
「嘘なの?」
「それも、さあ」
玄は笑って非常扉を押さえた。
主催者は真実と嘘の二色だけで人間を塗り分けようとした。玄が差し込んだのは、そのどちらにも置けない一文だった。
白い部屋に残った判定灯だけが、赤と緑の間でいつまでも明滅していた。