ご祝儀袋の使い道

榎本椿は、ホテルの金庫室の前で深町理央を待っていた。

挙式は終わり、披露宴の乾杯まであと十五分。椿はウェディングドレスの上にスタッフ用の黒いジャケットを羽織り、両手でご祝儀箱を抱えていた。逃げる姿としては、あまりに重そうだった。

「これ、預けたい」

新郎のタブレットに、消費者金融からの督促メールが表示された。借入は三社、合計四百八十万円。椿が問い詰めると、彼は「今日のご祝儀で一部返せる」と答えたという。二人で貯めた新生活の資金は、すでに別の返済へ消えていた。

理央は会計事務所で働いている。借金があることだけで人を見捨てるべきではないと思う。返済計画を立て、生活を組み直せばいい。椿がその場で結婚をやめると言ったことには、まだ判断が早いと感じていた。

けれど、ご祝儀は新郎の財布ではない。少なくとも、事情を知らない客の厚意を、黙って穴埋めに使わせることはできなかった。

理央は金庫室の担当者を呼び、箱を開けないまま預かれるか確認した。規定では新郎新婦どちらかの署名が必要だった。椿が用紙へ名前を書き、理央は封印テープの番号を控える。

そこへ新郎から電話がかかってきた。椿は出なかった。理央のスマートフォンにも「説得して会場へ戻して」とメッセージが届く。

「返すべきかな」

椿が箱を見る。

「今日、勝手に返すのも違う。名前と金額を確認して、後日一人ずつ」

理央は事務的に答え、返礼用の一覧表をフロントからもらった。椿には細かすぎると言われることが多い性格が、今は役に立った。

二人は控室へ移り、空の封筒とラベルを並べた。ご祝儀箱には手を付けず、招待客名簿へ連絡方法だけを書き込む。椿は親族、理央は友人。意見が違っても、他人のお金を守る作業は同じだった。

最後に、金庫の預かり証を二つ折りにした。原本は椿、コピーは理央が持つ。

「明日、相談窓口に行く」

「私、午前なら空いてる」

結婚を続けるかは椿が決める。理央は借金の理由も、新郎の事情もまだ知らない。それでも、今日の現金を消えない場所へ置くことはできる。

二人はご祝儀箱を台車に載せ、片側ずつ取っ手を握った。披露宴会場ではなく、ホテルの金庫へ向かって押した。