ひび割れ猫の謝り方
江藤優芽は、ルームメイトに謝るための本を探していた。
「勝手にマグカップを捨てたんです。欠けていて危ないと思って」
榎本律は胸元の猫のブローチを指で押さえた。白い陶器の猫には、耳から胸まで細いひびが走っている。
「謝罪は貸出不可です」
「分かってます。本で言い方を勉強したくて」
「謝罪は貸出不可です」
榎本は表情を変えず、話し方の棚を通り過ぎた。優芽が連れていかれたのは、陶磁器の修復と金継ぎの棚だった。
「捨てたのは、どんなカップですか」
「青い花柄。高校の文化祭で買ったって言ってました」
「欠けはどの程度」
「口に触れるところが少し」
「本人に確認は」
「してません」
榎本の無言が痛かった。
優芽は掃除当番だった。棚から落ちそうなカップを見つけ、善意のつもりで処分した。帰宅したルームメイトの沙耶は、ゴミ袋を開けて破片を探した。収集車はもう行った後だった。それから二日、必要なことしか話していない。
「同じものを買えばいいですか」
「同じものが、同じ意味とは限りません」
榎本は金継ぎの本を開き、欠けた器を捨てずに使う例を見せた。
「直せたかもしれない、と伝える本ですか」
「違います。あなたが決めつけた価値を、本人に返すための本です」
さらに、地域資料のファイルから十二年前の文化祭パンフレットを出した。学校の陶芸部が同じ花柄を作っていた。卒業生の工房名が小さく載っている。
「連絡先は公開情報です。ただし、同じカップを作ってもらうかは、相手に聞いてから」
優芽はその場で沙耶に短いメッセージを送った。
『危ないから捨てていいって、私が勝手に決めた。ごめん。直したかったのか、同じものを探したいのか、何もしないで覚えていたいのか、選ばせてほしい』
返事はすぐ来なかった。
榎本は猫のブローチを外した。裏側には金色の筋が走り、ひびをつないでいる。
「それも直したんですか」
「落としたのは私です。持ち主は妹でした」
「妹さん、許してくれました?」
「謝罪は貸出不可です」
榎本はブローチを胸へ戻す。
そのとき、優芽の画面が光った。
『カップはいらない。でも今度、一緒に陶芸体験行こう。二個作ろう』
優芽が息を吐くと、榎本は金継ぎの本を貸出処理した。
「謝罪は貸出不可です。ですが、その後を直す方法なら、何冊かあります」