クレジットの五文字
最終話の書き出しが九十七パーセントで止まった。
アニメ制作会社の編集室で、有馬千登勢は進捗バーを見つめた。御子柴風里は、エンドクレジットの一覧を見ている。自分が作画監修した場面が三分使われているのに、名前がなかった。
「別にいい。放送に間に合うなら」
風里はそう言った。千登勢は普段なら同意した。一本の映像には数百人が触れ、名前に出ない仕事もある。作品が残れば十分だと、本気で思っている。
風里は逆だった。誰が作ったかを消す現場では、次の依頼も賃金も消えると言い続けてきた。なのに今日は、自分から黙ろうとしている。
制作進行から電話が来た。
「もう直さないで。そのまま納品して」
千登勢は書き出しを再開するキーへ指を置いた。風里はクレジット画面を閉じようとした。
そのとき、作画データのフォルダに「修正版_御子柴」と付いたファイルが並んでいるのが見えた。徹夜の痕跡ではなく、担当の記録だった。
千登勢は停止キーを押した。風里も同時にマウスを止めた。
「五文字、入れる」
「間に合わなかったら?」
「誰が直したか分からない作品を、完成って呼びたくない」
風里は笑わず、一覧を開き直した。自分の名前を打つ手が一度止まる。千登勢が「御子柴」まで入力し、風里が「風里」を続けた。
再書き出しには六分かかった。二人はその間に納品先へ遅延連絡を送り、制作進行を責める文は入れなかった。代わりに、クレジット確認を工程へ追加する提案を添えた。
納品後、風里は自分の名前だけでなく、同じ話数で抜けていた動画検査の二人も一覧へ戻した。千登勢は過去話数のデータを開き、抜けを洗い出す表を作った。今日だけの救済にすると、次は声を上げられない人から消える。二人は確認作業を翌日の正式な工程として登録した。
放送は間に合った。
千登勢は今も、名前のない仕事が無価値だとは思わない。風里も、すべての功績が五文字で報われるとは思っていない。
暗い編集室で、進捗バーが百パーセントになる。二人は同時に納品ボタンを押した。