コンビニの牛乳

冴木里帆は母からのメッセージを読んだ。

〈今夜そっちに泊まる。牛乳ある?〉

冷蔵庫の紙パックは空だった。午後の診察で、しずくの腎臓はもう薬に反応していないと聞いた。明日の朝、母が来るころまで眠っているかもしれないし、そうでないかもしれない。

里帆は空のパックをたたみ、財布を持った。コンビニは団地の入口にある。しずくは玄関で首を上げ、リードの金具が鳴ると立ち上がった。

「牛乳だけ」

それが散歩の目的になった。

十五歳のビーグルは、団地の花壇を端から端まで嗅ぐ犬だった。今夜は最初のパンジーで息が切れた。里帆はしゃがみ、胸の上下が落ち着くのを待つ。スマートフォンには母から〈低脂肪じゃないやつ〉と追加が来た。

コンビニ前のポールへリードを結ぶのが嫌で、里帆はしずくを抱いて店へ入った。店員が何か言う前に「すぐ出ます」と告げ、入口脇の冷蔵棚から成分無調整の一リットルを取った。

しずくは腕の中で鼻を動かした。揚げ物の匂い、床の洗剤、開いた自動ドアから入る夜風。レジの若い店員は犬を見て、バーコードを二度読み損ねた。

「重そうですね」

牛乳のことか犬のことか分からず、里帆は「はい」と答えた。

帰り道、しずくを地面へ下ろす。空の腕に牛乳を抱え、片手でリードを持った。しずくは団地の入口まで歩き、花壇の続きを一鉢ずつ嗅いだ。里帆は急かさなかった。母には、バスを一本遅らせるよう送った。

部屋へ戻ると、しずくは水皿の横に伏せた。里帆は牛乳を冷蔵庫の扉へ入れようとして、そこでは倒れやすいことを思い出す。棚の奥を空け、まっすぐ立てた。

紙パックの表面には店から持ち帰った冷気が残り、里帆の指の跡だけが曇りを消した。冷蔵庫の棚には、しずくの薬を溶くための小皿が三枚重なっている。その隣へ牛乳を置けるよう、空の保存容器を一つ下段へ移した。

空のパックを資源ごみへ入れ、新しいパックの注ぎ口を少しだけ起こす。明日の朝、母が迷わず開けられる形にして、指で折り目をつけた。