ゴーヤの苦い夏

蓮見圭吾は、入社四か月で退職届の書き方に詳しくなった。

同期のSNSには、海外出張、社内表彰、歓迎会の集合写真が並ぶ。圭吾の仕事は、過去データの名前を整えることと、会議室を予約することだった。大学時代には「即戦力になりそう」と言われたのに、現実ではコピー機の紙詰まりにだけ強くなった。

金曜の深夜、退職理由を「キャリア形成のため」と整え、印刷する前に居酒屋へ寄った。空席ばかりの店で、夏限定の「ゴーヤと島豆腐の味噌炒め」を頼む。

鉄鍋がじゅうじゅう鳴り、味噌の焦げる甘い匂いに、ゴーヤの青臭さが混ざった。厚い島豆腐から白い湯気が上がり、溶き卵が鍋の縁で細かく固まっている。

一口目は、思った以上に苦かった。

圭吾が顔をしかめると、店主は水を置いた。

「夏の間だけです」

「秋になったら?」

「秋のものに替えます」

あまりに当然の返事で、圭吾は笑った。

今の仕事が永遠に会議室予約だけとは限らない。しかし、黙っていれば誰も圭吾が何をしたいか知らないままだ。反対に、希望を言っても変わらないなら、そのとき辞めればいい。午前一時に同期の投稿を見ながら、一生分の判断をする必要はない。

圭吾は退職届のデータを削除せず、「保留」というフォルダへ移した。次に、月曜の上司との面談予約を入れる。備考欄には、少し格好悪いほど具体的に書いた。

〈データ整形の次の工程も担当したいです。小規模案件で構わないので、分析作業を一件任せてもらえる条件を相談したい〉

送信すると、同期に追いついたわけでも、仕事が面白くなったわけでもない。月曜に断られる可能性もある。

面談の予定がカレンダーに青く入った。圭吾は同期の投稿を閉じ、自分がこの四か月で覚えた作業を三つだけ書き出した。紙詰まり対応も、最後まで消さずに残した。明日の朝までは、その一覧を消さない。

二口目のゴーヤは、豆腐と一緒に食べた。苦みの角が少し丸くなり、熱い味噌の甘さが舌に残る。圭吾は水を飲まず、夏の味をもう一度だけ噛んだ。