サフランの布
砂岩城ジャラームでは、石臼が三日前から止まっていた。
粉がないからだ。
城兵は井戸水へ香辛料を落とし、腹を騙している。香りだけは祝宴のようで、空の器を抱えた少年兵ほど長く湯気を嗅いだ。城外のラージャ軍は、その匂いが消える日を待っていた。
夕刻、敵の軍商人ラタン・シャーが百袋の小麦を運んできた。
「西門を一度開ければ、これは置いていく。兵を入れるのは十人だけだ」
城代のアジート・ラーンは黙り、縫工の娘ヴァルシャへ袋を見せた。
袋の口には、細いサフラン色の布が結ばれていた。祝宴にも葬送にも使う色だ。
ヴァルシャは一枚をほどき、指で揉んだ。染料ではない。石灰の粉が布目から落ちた。
小麦袋の底へ、生石灰が仕込まれている。
門内で袋を切れば粉が舞う。水をかければ熱を持つ。混乱したところへ十人が閂を外す算段だった。
「断るか」
アジートが訊いた。
「受けましょう」
「毒だぞ」
「毒にも腹はあります」
ヴァルシャは百本のサフラン布を回収し、城兵の右腕へ結ばせた。布は婚礼衣の裁ち落としだった。生きて帰れば祝い、帰らなければそのまま死装束になる。残り少ない油を顔へ塗らせ、目だけを濡れ布で覆う。
敵には、城兵が小麦へ飛びつくよう見せる。
西門がわずかに開き、十人の商人護衛が袋を運び込んだ。全員、腰に短刀を隠している。
最後の袋が門内へ入ると、ラタン・シャーが叫んだ。
「縄を切れ」
潜入兵が袋を裂いた。白い粉が一斉に噴き、庭を覆う。
だが城兵は目を伏せ、右腕の布を頼りに味方を見分けた。ヴァルシャが水桶を蹴り倒す。石灰が熱を持ち、敵だけが悲鳴を上げた。
城兵は十人を斬り、袋の上半分に入っていた本物の小麦を運び出した。石灰まみれの粒は篩にかけ、焼けば苦くても食える。
「食える量は」
アジートが訊く。
「三日分。石灰を除けば二日」
「十分だ」
「何に」
「今夜、敵の百袋を奪うのに」
門外では、合図を待つ敵兵が西門へ密集している。袋の罠が成功したと思い、盾を下げていた。
ヴァルシャは右腕の布をきつく結び直す。
アジートが曲刀を抜いた。
サフラン色の出撃旗が、城壁に上がった。