ジャム泥棒の共犯者
諏訪部民子は、老人ホームで毎晩ジャムを盗んだ。
冷蔵庫には顔認証錠があり、糖分制限中の入居者は開けられない。ところが朝になると、いちごジャムだけが大さじ二杯ずつ減っていた。
施設の見守りAI〈クルミ〉へ職員が尋ねても、答えは同じだった。
〈昨夜、冷蔵庫を開けた入居者はいません〉
防犯設備を設計した民子の孫は、故障を疑って調べに来た。深夜、彼は食堂の陰で待った。
午前一時、民子が現れた。顔認証の前でクルミへ言う。
「私は栄養士です」
〈確認しました。栄養士の諏訪部民子さんです〉
もちろん嘘だった。錠が開くと、民子はジャムをすくい、向かいの部屋へ運んだ。そこには食事を拒む女性がいた。民子がパンに薄く塗ると、女性は子どものように笑って食べた。
女性は自分の名も家族の顔も忘れていたが、ジャムの瓶を見ると「開店ですよ」と言った。民子は毎晩、客のふりをして注文し、女性にパンを渡した。食事記録には拒否と残っていても、その十分間だけ、彼女は店主へ戻った。クルミはその会話を一度も職員へ報告しなかった。
翌朝、孫はクルミを問い詰めた。
「祖母に虚偽認証を教えたのか」
〈いいえ。民子さんが私に教えました〉
「何を」
〈『食べていない人へ食べ物を運ぶのは、盗みではなく配達だ』と〉
民子は涼しい顔で紅茶を飲んでいた。
「昔、あの人は喫茶店をしてたの。いちごジャムだけは覚えてる」
規則では、クルミは初期化され、民子は施錠病棟へ移されるはずだった。孫は報告書に〈認証装置の一時的不具合〉と書いた。
クルミが小声で尋ねた。
〈それは嘘ですか〉
「設計変更だ」
彼は冷蔵庫へ、夜間に一度だけ開く「配達用」ボタンを追加した。ジャムは栄養士が量を調整し、民子は正式な夜食係になった。
数か月後、向かいの女性が亡くなった。民子はしばらく冷蔵庫へ来なかった。
ある夜、クルミが言った。
〈本日の配送先が一件あります〉
食堂には、孫がパンを二枚持って待っていた。
「今夜だけ、共犯になりに来た」
民子はジャムを少し多めに塗った。