トラベルモードの搭乗口

六時五十分。葉山啓悟は羽田空港の搭乗口で、平賀澄玲とマッチした。締切まで十分。アプリのトラベルモードを札幌へ合わせた直後、三年前に別れた彼女が表示された。

澄玲は隣の搭乗口にいた。左手に細い銀の指輪、膝には赤い旅行鞄。二人が初めて札幌へ行ったときの搭乗券を、透明なケースへ入れて鞄につけている。吹雪で欠航し、空港の床で一晩を過ごした旅だった。澄玲は紙コップのスープを半分くれ、啓悟は次に来るときは片道にしようと笑った。その言葉を彼女だけが約束として覚えていた。啓悟は搭乗券の表だけを撮って共有アルバムへ残し、裏を確かめなかった。旅の後半を見ない癖は、二人の別れ方にも似ていた。透明ケースの留め具は、啓悟が空港で応急修理した青い糸のままだ。

「新婚旅行?」と啓悟は聞いた。

「違うよ。そっちは転勤?」

「今日から札幌」

「そう」

澄玲の便は福岡行きだった。三年前、彼女は福岡の実家へ戻り、啓悟は東京に残った。遠距離を続けようと言い出せないまま、互いに「無理しなくていい」と言って終わった。

「どうして札幌に設定したの」と澄玲が聞く。

「住む場所だから。澄玲は?」

「昨日だけ、東京にした」

「仕事?」

「まあね」

搭乗案内が重なる。啓悟は指輪を見て、それ以上聞かなかった。澄玲も「元気で」と言い、福岡便の列へ並んだ。

啓悟が機内の席へ座ると、空港の回線にたまっていたメッセージが届いた。送信時刻は六時四十八分。

〈指輪は母の形見。結婚はしてない〉

次の一通。

〈東京に設定したのは、あなたがまだいるか確かめたかったから。札幌に行くなら、昨日ちゃんと言えばよかった〉

さらに、写真が添えられていた。古い搭乗券の裏に、澄玲の字で〈次は片道で一緒に〉とある。啓悟が当時見ないままケースへ戻した面だった。

客室乗務員がドアを閉める。降りたいと言えば間に合うかもしれない。だが澄玲の便も、もう滑走路へ向かっている。

啓悟は返信欄の〈札幌で待つ〉を送信し、機内モードをオンにした。