フェレットの盗めないコーン飯
蜂須賀碧人は、電話を切ったあとも耳の奥に怒鳴り声が残っていた。
通販会社の問い合わせ窓口で働いている。届くのが遅い、説明が違う、責任者を出せ。画面には対応終了と表示されても、声だけはなかなか終了しない。
午前一時、帰宅するとフェレットのこよみが靴下をくわえて走ってきた。
「それ、今日ので一番まともな靴下」
追いかける気力はなく、碧人は台所へ向かった。こよみも靴下を引きずったままついてくる。
炊飯器には冷えたごはんが一膳。缶詰のコーン、粗挽きソーセージ、マヨネーズ。碧人はソーセージを輪切りにし、フライパンで焦げ目がつくまで焼いた。ごはんとコーンを加え、醤油を少し。火を止めてからマヨネーズを大きく絞り、黒胡椒を振る。
混ぜると、油と醤油の香ばしさの中から、コーンの甘い湯気が上がった。
「栄養相談なら、ただいま営業時間外です」
こよみが椅子の脚を登ろうとする。
「こちらの商品はお渡しできません」
碧人は木の匙で頬張った。ぷちぷち弾けるコーン、焦げたソーセージ、温まって酸味の丸くなったマヨネーズ。声を出さずに食べられることが、何より静かだった。
今日の最後の客は、怒鳴ったあと急に小さな声で「家族への贈り物だったんです」と言った。碧人は謝り、配送状況を調べ、翌日の到着を確認した。通話の終わりに「助かりました」と言われたのに、怒鳴り声の方だけ持ち帰っていた。
「人間の耳って、不便だな」
こよみはようやく靴下を離し、代わりに空のティッシュ箱へ頭を突っ込んだ。
碧人は携帯の録音アプリを開き、自分の声で「本日の対応は終了しました」と言ってみた。仕事用ではない、普通の声だった。
食べ終え、こよみを抱く。細長い体は驚くほど温かく、すぐ腕から抜けていった。
布団のそばには盗まれた靴下が片方だけ置かれていた。部屋にはマヨネーズと焦げた醤油の匂いが残る。耳の奥の怒鳴り声は、いつの間にか、こよみが箱を引っかく小さな音へ変わっていた。
碧人はもう片方の靴下を探すのを諦めた。明日は左右の違うものを履けばいい。こよみの巣から聞こえる衣擦れと、腹に残るソーセージの塩気が、仕事ではない夜の輪郭を取り戻してくれた。