ベランダに届かない拍手
佐和が応募した脚本は、最終選考に残らなかった。
通知は夕方に届いた。「今後のご活躍をお祈りします」という文を閉じ、夕食を食べ、シャワーを浴びた。誰にも結果を聞かれなかったので、誰にも言わなかった。
午前零時すぎ、佐和はベランダへ出た。
向かいの高層住宅では、青白いテレビの光が窓ごとに違う速さで明滅している。室外機は低く回り、遠くの高架を走る電車が、金属の長い音を引いた。
佐和は手すりへ肘を置いた。
落選した文章を消そうとは思わなかった。次を書こうとも思えない。ただ部屋の中にいると、机の上のノートパソコンが閉じたままこちらを見ている気がした。
突然、どこかで拍手が起きた。
最初は一部屋だけだった。テレビ番組の音らしい。少し遅れて別の窓からも拍手が漏れ、そのまた隣から歓声が重なった。同じ試合か、同じ結果を見ていた人たちがいるのだろう。
ぱちぱちぱち。
歓声。
室外機の回転。
ぱちぱちぱち。
拍手は佐和のためではない。名前も知らない選手か、舞台の出演者か、クイズの正解者へ向けられたものだ。それでも夜の建物を渡ってきた音は、意味を失うとただ温かい雨のように聞こえた。
やがて番組が終わったのか、窓の光が一つずつ落ち着いた。誰かがガラス戸を開け、「すごかったね」と部屋の中へ言う。返事は聞こえず、戸はすぐ閉まった。
佐和は拍手をしなかった。
自分を励ます言葉も考えなかった。
部屋へ戻り、ノートパソコンを開く。落選した脚本のファイル名の末尾に「完了」とつけ、別のフォルダへ移した。新規ファイルは作らない。
ファイルを移すと、デスクトップに空いた場所ができた。佐和はそこへ次の題名を置かなかった。遠いテレビからはもう拍手ではなく、深夜の通販らしい明るい声が漏れている。番組が変わるように気持ちは変わらないが、同じ場面を流し続けなくてよかった。
それからベランダ側のカーテンを半分だけ閉め、目覚ましをいつもの時間に合わせた。
称えられない夜にも、終わりはある。佐和はそのことだけを、遠くの拍手から借りて眠ることにした。