レシートの裏の約束

引っ越しの段ボールから、十一年前のコンビニのレシートが出てきた。油で透けた紙の裏に、杏珠の丸い字で〈出世払いで可〉とある。私は新居へ向かう途中、わざわざ一駅降りて、その店があった通学路を歩いた。

高校一年の冬、家に食べるものがない日が続いた。母は夜勤を二つ掛け持ちし、私は「ダイエット中」と言って昼食を抜いた。放課後、空腹で動けなくなった私を見つけた杏珠は、コンビニで肉まんを買った。

私は受け取らなかった。同情されたくなかったからだ。杏珠はレシートの裏にあの言葉を書き、「貸しただけ。偉くなったら返して」と笑った。湯気の上がる肉まんを半分に割り、私の手へ押しつけた。

その後も何度か助けてもらったのに、卒業すると私は連絡を絶った。返せる自分になるまで会えないと思った。給料が上がっても、部屋を借りても、十分に立派になった気はしなかった。

跡地には小さな保育園ができていた。迎えを待つ子どもたちの声が、夕方の道へ漏れている。私はレシートを光に透かした。「出世」が何を指すのか、杏珠はきっと深く考えていなかった。返す条件を厳しくしたのは私だ。

スマートフォンで彼女の連絡先を開く。最後のやり取りは八年前、杏珠からの〈元気?〉で終わっている。

〈肉まんの借金、まだ利子つく? 来月そっちへ行くので、会って返したい。今度は半分じゃなく一個ずつ〉

送ると、数分で〈利子はコーヒー一杯〉と返ってきた。続いて、笑う顔のスタンプが届く。

私はレシートを新しい財布へ入れた。貧しかった自分を捨てるためではない。誰かに助けられた事実を、恥ではなく道しるべとして持つために。

紙の印字はほとんど消え、買った品名も読めない。それでも裏の文字だけは残っている。食べ物より先に、受け取ることを許された日の記録だった。

保育園の門が開き、子どもが母親へ駆けていく。私は新居への電車に乗る。今夜は自分のために温かい夕食を買い、借りた優しさを返す日まで、ちゃんと食べて暮らそうと思った。