レタスは三秒
久住晴海は、レタスしゃぶしゃぶの葉を、きっかり三秒だけ湯へ沈めた。
一、二、三。引き上げた緑はまだ形を保ち、噛むと軽い音がした。胡麻だれの香りが鼻へ抜ける。
友人二人は、晴海が数える癖を知っている。肉は七秒、きのこは十分、レタスは三秒。仕事でも同じで、予定表は十五分刻み、返信は当日中、休暇には観光地を六つ入れる。
来週の友人旅行も、晴海が全部手配した。
けれど航空券は一昨日、晴海の分だけキャンセルした。心療内科で休職を勧められ、朝起きることさえできない日が続いている。皆の楽しみを壊したくなくて、旅程表だけ完成させた。
診察の帰りも、空港から宿までの乗換時間を調べていた。自分が行けなくても完璧な旅にすれば、休むことへの借りを返せると思った。けれど画面の数字は読めても、昼食を取ったかどうかは思い出せなかった。
「次、肉入れる?」
晴海は首を振り、二枚目のレタスを取った。今度は三秒を数えられなかった。湯の中で葉がしんなり縮み、友人が箸で救い上げた。責めるでも新しい葉を入れるでもなく、その一枚を晴海の皿へ静かに戻した。
食べ頃を過ぎた葉を見て、晴海は泣きそうになった。失敗したのはレタス一枚なのに、自分の一か月全部がそこに沈んだようだった。
友人は火を止めた。もう一人が旅程表を鍋の下から抜き、晴海の前へ置く。余白へ太い線で、二日目の予定を全部消した。
「ここ、何もしない日にする」
それ以上は言わなかった。
晴海はしんなりしたレタスを皿へ入れた。噛んでも音はせず、胡麻だれだけがゆっくり絡んだ。三秒のものより甘く感じた。
鞄から診断書を出すと、友人たちは日付だけを見た。一人が晴海の航空券のキャンセル画面を開き、代わりに近所の宿を検索した。行くとも行かないとも決めず、候補を一つ保存した。
晴海は次のレタスを湯へ入れた。数えず、色が少し透けたところで引き上げた。
皿の端に、硬い芯を一口だけ残した。予定どおりに食べ切らないためだった。
三秒を守れない夜にも、鍋は終わらず、友人の席も消えなかった。