レンタカー返却十八時
御手洗慶介、矢島香穂、橘川智成の卒業旅行は、三日間のレンタカー旅だった。最終日、返却時刻まで四十分。慶介が運転し、香穂が助手席、智成は後部座席で土産の箱を膝に載せていた。
カーナビは「この先、三キロ直進です」と繰り返した。
「俺、農協に入る」と智成が突然言った。
慶介はミラーを見た。「東京のIT企業は?」
「辞退した。実家の畑、兄貴が継がないって」
香穂が振り向く。「戻りたくないって言ってたじゃん」
「今も戻りたくない。でも、戻らない理由を四年かけても作れなかった」
慶介は赤信号でブレーキを踏んだ。「俺は物流会社。全国転勤。どこへ行くかは来週まで分からない」
「香穂は?」
彼女はダッシュボードの旅行パンフレットを閉じた。「内定、取り消された。会社が新卒採用をやめた」
「聞いてない」
「言ったら旅行中ずっと励まされるから」
「これからどうする?」
「映像の専門学校。借金して行く」
智成が「強いな」と言うと、香穂は窓を開けた。「強くない。就職できない人の言い換え」
返却店の看板が見えた。残り時間は十二分に減っていた。三人は大学一年から、いつかこのまま車で日本一周しようと話していた。地図へ色を塗り、四十七都道府県を三人の担当に分けたこともある。けれど慶介は会社のトラックで知らない街へ行き、智成は畑から離れず、香穂は画面の中に旅を作る。
「日本一周、誰が続ける?」と慶介が聞いた。
「一人で回ったら、ただの出張だよ」と香穂が答えた。
「延長する?」と慶介が聞いた。
「料金かかるよ」と香穂。
「そうじゃなくて、このままもう少し」
智成は土産箱を抱え直した。「返そう。借り物なんだから」
十八時ちょうど、車は返却された。店員が後部座席から一枚の観光地図を見つけた。三人が行けなかった半島に赤い丸が付いていた。
誰も地図を受け取らなかった。
帰りの駅で、慶介は北行き、香穂は東行き、智成は西行きのホームへ分かれた。レンタカーのカーナビだけが初期化され、目的地の履歴を一つ残らず忘れていた。