ロゴが消える一音前
〈無名祭〉のロゴは、解散ライブの一曲ごとではなく、一音ごとに欠けていった。
最後に演奏する曲は〈空欄〉。イントロのキックが鳴ると、背面の四文字から右上の点が消えた。スネアで横線が消え、ベースで輪郭が崩れる。ボーカルの依田凪紗には、故障にしか見えなかった。
このロゴは五年前、四人で手描きしたものだと発表してきた。実際には、結成前に曲と名前を作った少女がもう一人いた。小篠日鞠。社長の娘で、顔に傷があるという理由でメンバーから外され、作曲者欄まで消された。日鞠は翌年、屋上から転落して死んだと聞かされた。
曲の最初のフレーズが流れる。
「名前を呼んで」
Aメロでロゴの欠片が、画面下へ音符のように落ちる。並び替わると、〈HIMARI〉の六文字になった。観客のざわめきが、低い波のように広がる。社長は舞台袖から映像を切れと叫ぶが、映像は曲のMIDIデータに埋め込まれ、演奏を止めなければ消せない。
「名前を呼んで」
凪紗は日鞠の名を歌おうとした。しかしイヤーモニターから社長の声が割り込む。
――死んだ子の話をするな。事故で終わった。
その言葉も会場へ流れた。サビでスクリーンに屋上の監視映像が現れる。日鞠は落ちていない。社長に腕をつかまれたあと、別の階段へ連れていかれていた。死亡届の氏名欄は黒く塗られ、病院の長期入院記録へつながっている。
最後のロゴが消える一音前、客席後方の車椅子席に照明が当たった。
成人した日鞠がいた。喉の損傷で声を失い、父に隔離されていた彼女は、足先で操作する端末からこの曲を送っていた。日鞠が画面の鍵盤を一つ押す。
最後の一音が鳴り、空白だった作曲者欄へ彼女の本名が入る。同時に四人の過去曲すべてのクレジットが書き換わった。
凪紗はステージを降り、日鞠の前で膝をついた。
「名前を呼んで」
亡くなった仲間を追悼してほしいという歌ではなかった。生きたまま空欄にされた作曲家を、本人の名で世界へ呼び戻す一音だった。