ローカルニュースのあと

十九時五十分。地方ニュースの終了まで十分だった。小峰慎平は副調整室で、最後の映像を送出していた。翌朝から高知支局勤務。三年間組んだキャスターの皆本夏帆とは、今日で別れる。

モニターの中で夏帆が原稿を読む。耳には、慎平が初任給で買った片耳式のイヤホンが入っている。予備が足りなかった夜に貸し、それ以来、彼女専用になった。被覆の一部には透明なテープが巻かれている。夏帆が緊張して線を爪で傷つけ、慎平が本番五秒前に直した跡だった。

本番前、夏帆はイヤホンを外して言った。

「支局へ行ったら、連絡しないで」

「分かった」

「理由、聞かないの」

「聞いて変わるなら聞く」

夏帆は答えず、スタジオへ入った。

二人は社内恋愛を隠していた。慎平の転勤が決まったとき、夏帆は笑って「全国ニュースへ近づいたね」と言っただけだった。ついてきてほしいとは言えず、待っていてとも言えなかった。

十九時五十八分、最後の特集が予定より二分伸びた。夏帆が自分で書いた締めの原稿は削られ、天気予報へ切り替わる。

「残り三十秒」

慎平はインカムで告げた。

夏帆はカメラを見たまま、用意された一文を読んだ。

「新しい土地へ向かう皆さんに、穏やかな春が訪れますように」

目線だけが、副調整室の慎平へ向いていた。

二十時、放送終了。夏帆はすぐスタジオを出て、イヤホンを机へ置いた。

「お疲れさまでした」

「夏帆」

「約束、守ってね」

彼女は振り返らなかった。

慎平が送出データを閉じると、編集担当から未使用原稿が届いた。削除部分の確認用だった。夏帆の締めには、こう書かれていた。

〈私も高知支局の採用試験を受けました。落ちました。待ってと言えば、あなたは転勤を断るから、連絡しないでください。次に全国で会うまで、私を嫌いでいてください〉

提出時刻は十九時四十九分。放送が一分予定どおりなら、彼女自身の声で届くはずだった。

廊下へ出たとき、エレベーターは一階へ下りていた。慎平は呼び戻さず、彼女のイヤホンを放送機材の返却箱へ入れた。箱の蓋が閉じる音を、最後のキューとして聞いた。