一ページだけの転校生

海外赴任の荷造り中、琴巴は五人で回していた交換日記を見つけた。

表紙の裏に、四人の丸い字と、一人だけ細い字が並んでいる。

小夜里。高校二年の秋、三週間だけ同じ教室にいた転校生だった。

日記は仲のよい四人だけで回していた。小夜里は窓際の席で、休み時間も地図帳を読んでいた。父親の仕事で何度も転校しているらしい、と噂されていた。

ある放課後、琴巴が机に日記を置き忘れると、小夜里が追いかけて届けてくれた。

「交換日記って、同じ場所にいる人がするもの?」

そう聞かれ、琴巴は反射的に「そうだよ」と答えた。

小夜里は少し笑い、「そっか」と言った。

翌日、琴巴はその答えが急に恥ずかしくなり、日記を彼女へ渡した。

「一回だけ、書く?」

小夜里は一晩で、見開き一頁を埋めた。転校した町の数、覚えた方言、毎回捨てられなかった制服の校章。そして最後に、新しい住所を書いた。

〈来たら、続きを書いて。来なくても、手紙なら届く〉

その週末、小夜里はまた転校した。

四人は「絶対に手紙を出そう」と言いながら、誰が最初に書くか決められなかった。日が経つほど、一通目にふさわしい内容を考えすぎた。春になり、住所の紙は古く見え、誰も出さないまま卒業した。

琴巴は長いあいだ、自分たちの沈黙を薄情さだと思っていた。

けれど今、赴任先の地図を前にすると、知らない場所へ行く人へ完璧な言葉を渡すことなどできないと分かる。小夜里が欲しかったのは立派な便りではなく、届くかもしれない一枚だったのだ。

住所はもう二十年前のものだ。家族が住んでいる保証もない。

それでも琴巴は葉書を一枚取り出した。

〈あのとき日記を書いてくれてありがとう。今度は私が、知らない町へ行きます〉

近況も謝罪も、それだけにした。

翌朝、空港へ向かう途中で古い住所へ投函した。

届かなければ、それも行き先の一つだ。

交換日記はスーツケースへ入れた。

一頁しかない小夜里の文字が、琴巴の出発を静かに、確かに押していた。