一人分の介護休暇
灯花の前に、介護休暇の申請書が置かれた。
実家のファミリーレストラン。兄が会社のサイトから印刷してきたものだった。
「お前の会社、制度があるんだろ。来月から使えばいい」
兄の隣で姉も頷く。「私は子どもの受験があるし、兄さんは出張が多いから」
灯花はまだ何も頼まれていない。父の通院が週二回になると決まっただけで、三人の食事会は、いつの間にか灯花の休職手続きへ変わっていた。
兄が申請書を持参し、姉が必要書類まで調べた手際のよさに、灯花は一瞬、自分だけが協力しない人のように感じた。だが三人が相談したのは父の通院方法ではなく、灯花を仕事から外す方法だけだった。
「私にも仕事がある」
「制度は使うためにあるんだぞ」と兄が言う。
「介護を私一人に集めるための制度じゃない」
店員が三つのハンバーグを運び、申請書の端をソースから避けた。灯花の席だけ、父が昔そうしたように、兄が伝票に近い場所へ座らせていた。支払いも手続きも、末の妹が動く前提だった。
灯花は申請書を自分の鞄へ入れず、テーブルの中央へ戻した。
「休暇は必要な日に私が使う。来月は一日だけ取れる。兄さんは通院一回、姉さんはオンライン診療の日。残りは送迎サービスを申し込む」
姉が「お金がかかる」と言う。
「三人で払う。私の給料と昇進だけを費用にしない」
兄は黙ってスマートフォンを出し、送迎サービスを検索した。姉は受験日程を開き、空いている午後を一つ示した。
灯花はハンバーグを切った。冷めかけていたが、自分の分を誰かの皿へ移す必要はない。
食事の終わり、三人は一枚の紙の裏へ担当日を書いた。灯花の名前は一日分だけ。空いた欄にはサービス名と料金を記した。
兄が申請書を灯花へ返そうとした。
「それは持って帰る。でも、出す日を決めるのは私」
灯花は紙を四つ折りにし、自分の手帳へ挟んだ。家族が書いた予定表ではなく、自分の働き方を守るための一枚として。
会計では、伝票を三つに分けてもらった。介護も食事も、末の妹の席へまとめて置かないためだった。