一分先の足跡

冬月アヤセは世界記録保持者の光る足跡を追い、崩れる時計塔へ入った。

《未来足跡》

現在の最速記録者が一分後に踏む地点を表示します。

足跡どおり走れば罠を避け、最短経路を通れる。何百人も同じ青い跡を踏み、記録を縮めてきた。

だが塔の三階で、足跡はゴールと逆へ曲がった。

「バグだ、直進しろ!」

仲間は先へ走る。アヤセは青い跡を追った。足跡は小部屋を一周し、床に文字を描いている。

TASUKETE。

助けて。

一分後の最速記録者が、なぜ救難文字を残すのか。

奥の壁を壊すと、透明な走者が鎖につながれていた。ランキング一位《LYNX》。十年前から一分先を走り続けるゴーストだ。

「俺はゴールしていない」

彼は最短記録を出す途中で、未来予測装置へ閉じ込められた。システムは彼の「次の一分」を無限に計算し、他の走者へ足跡として貸し続けていた。記録表の二分三秒は、完走時間ではなく、拘束された時点の途中経過だった。

鎖を外せば足跡は消え、アヤセの記録は更新できない。

彼女は迷わず解除鍵を回した。

青い足跡が全コースから消える。仲間たちは道を失い、計測は大幅に遅れた。LYNXは十年ぶりに自分の足で一歩を踏み出す。

二人でゴールへ着いたとき、記録は最下位だった。

《世界記録2分03秒を無効化》

《記録保持者LYNX:未完走から完走へ更新》

LYNXが解放された瞬間、塔の壁に何万本もの足跡が浮かんだ。後続者が彼の経路をなぞるたび、未来予測装置は一分を追加計算し、その分だけ彼の意識を先へ引き延ばしていた。

「十年間、ゴールが一分後にあると言われ続けた」

アヤセは彼の歩幅へ合わせる。最短経路を失った塔には罠が戻ったが、二人は現在の床を一枚ずつ確かめた。

足跡のない道は遅い。けれど、次の一歩が誰のものかを自分で決められた。

ランキングから消えた二分三秒の欄には、空白だけが残った。アヤセはそこへ新しい記録を申請しない。

LYNXがゴール後に踏んだ最初の足跡は、未来予測にも案内にも登録されなかった。それは誰にも利用されず、ただ本人が歩いた現在の一歩として床に残った。

《未来足跡の用途を訂正――最短経路の案内ではなく、終われない走者が残した一分先からの救難信号》