三つの絵が守った市場

依澄が多種族市場へ雇われた初日、救護所には九人が並んでいた。

人間には香辛料、猫人には玉葱、粘体族には塩、翼人には発酵酒。種族ごとに毒になる食材が違う。店先には六か国語で注意書きが貼られているが、旅人は自分の言葉を探す前に買い、毎日誰かが倒れていた。三日前には幼い猫人が呼吸を失い、市場閉鎖を求める署名が千を超えている。

「十二の種族語を全部訳せる者などいない」

市場長は頭を抱える。

依澄も十二語は話せなかった。前世で空港案内を設計していた彼女は、文章の代わりに三つの絵を描いた。

食材の絵。

食べられない種族の顔。

赤い斜線。

玉葱の横に猫耳の顔と斜線。塩壺の横に水滴形の顔と斜線。発酵酒の横に翼と斜線。文字は一つもない。絵の形は、離れた位置でも見分けられるよう太くし、色が見えない種族のため斜線の形だけでも禁止と分かるようにした。

「子どもの落書きで命が守れるか」

古参書記が笑った。市場長は、正午までに一人でも倒れれば依澄を門外へ出すと告げた。

依澄は市場の入口ではなく、商品を手に取る位置へ札を付けた。最初に来た猫人の少年は香草包みへ手を伸ばし、玉葱の絵を見て止まる。店主へ指差し、玉葱抜きの包みを受け取った。

粘体族の旅商人も塩の斜線を見て、無塩の干し果実を選ぶ。

依澄は入口で説明せず、客が札だけを見て選べるか数えた。正午までの来場者は二千四百人。救護所へ運ばれた者はゼロだった。前日は同じ時間で六人。返品は四十三件から二件に減り、外国客の売上は銀貨百九十枚から三百四十六枚へ増えた。救護師は初めて昼食を温かいうちに食べた。

古参書記は十二語の長文札を抱えたまま黙り込む。

市場長はさらに試した。非常口へ「走る人と扉」の絵を置き、鐘を鳴らす。八種族百人が、誰にも尋ねず四十秒で広場へ出た。以前の訓練は十一分かかっていた。

市場長は依澄の三枚の原画へ市場印を押す。

「全五百二十店に同じ絵を配れ」

そして救護所の空の長椅子を指し、笑った。

「市場共通翻訳師として採用する。読めない客まで守れるのは、お前だけだ」