三週間後の全額返金
美容室で、風戸森竜聖は帽子を脱ぎ、受付へ写真を叩きつけた。
「三週間前のカットが気に入らない。全額返金して、慰謝料として半年無料にしろ」
担当した新人美容師が、当日は仕上がりを確認して満足したと署名していると説明すると、風戸森は店内へ響く声で怒鳴った。
「新人のくせに客へ逆らうな。俺の顔を台無しにした責任を取れ。SNSで名前を出して潰すぞ」
待合席にいた、革のベストを着た大男が雑誌を閉じた。雪代森玄秀。肩幅が広く、指には銀の指輪がいくつもある。
「その髪型、三週間ずっと気に入っていたようですが」
風戸森が睨む。
「見ず知らずの奴に何が分かる」
雪代森はスマートフォンを示した。風戸森の公開アカウントには、カット当日から昨日まで「人生最高の髪」「この店しか勝たん」と写真が十二枚投稿されていた。今朝、別の店の無料モニター募集へ応募し、「今の店から返金を取ってから行く」と書いている。
「監視したのか」
「あなたが店名と担当者名を公開していたので、脅迫的な発言に備えて店長が確認しました。私はこの店の顧問弁護士です。今日は客として来ました」
風戸森は、投稿は宣伝協力であり、今になって欠点へ気づいたと主張した。
店長は施術前後の写真、希望画像、仕上がり確認書を並べた。髪はその後、自宅で脱色され、一部だけ自分で切られていた。色剤の購入履歴も、風戸森自身の動画に映っている。
雪代森は低い声で言った。
「正当な苦情を言う権利はあります。しかし、事実と違う内容を公開すると告げ、無料サービスを迫る権利はありません。担当者の個人情報を晒すなら、店も法的対応を取れます」
風戸森は新人へ、謝れば投稿を消すと言った。
新人は深く息を吸った。
「謝りません。記録どおり施術しました」
店長は返金を拒否し、今後の予約を受けないと通知した。さらに、風戸森がカウンターへ投げて割った鏡の修理見積書を渡す。
風戸森の次回予約が全店システムから取り消され、雪代森が証拠保存通知へ署名した瞬間、半年無料を要求した男には、二度と予約できない美容室と鏡代だけが残った。