世界樹を焼く息
世界樹が病み、最後の若芽だけになった夜、天焼竜ヴァルガンが雲を割って降りた。
「古い世界は終わる。芽を渡せ」
森の番人オルシェナは、両腕で膝ほどの若木を抱いた。千年守った大樹は背後で朽ち、仲間の精霊たちはすでに土へ還っている。
「この子が育つまで、渡せない」
「人の寿命で何を守る」
「人ではないもの」
竜は答えを笑い、空を赤くする息を吐いた。山の雪線が一瞬で後退し、枯れた森が光の輪となって燃える。若木も番人も、その中心から見えなくなった。
ヴァルガンは上昇しようとして、翼を止めた。
炎の下から、葉の擦れる音がする。
燃えている森に風はない。それでも一枚だけ、若い葉が穏やかに揺れていた。
煙と火の粉が流れ去る。オルシェナは若木を抱く同じ姿勢で立っていた。裸足の位置も、幹に添えた頬も変わらない。若芽の先には、露の粒まで残っている。
「森の結界か」
「森はもう眠ったわ」
彼女の声に、ヴァルガンは初めて年月の重さを聞いた。オルシェナは歴代の番人ではない。世界樹が最初の葉を開いた日から、ずっと同じ一人だった。
ヴァルガンの記憶に、神代の光景が蘇る。最初の世界樹が芽吹いた朝、その傍らにも同じ横顔の少女がいた。代替わりした番人ではない。竜より古い何かが、細い腕で未来を抱えている。
竜は胸の太陽嚢を開く。二度目の《黎明息》は、神代に夜を焼き払った炎だ。白い光が地平線を消し、残った森を音もなく包んだ。
長い一息が終わる。
オルシェナは同じ姿勢のまま、若木を抱いていた。彼女の周囲だけではない。守る腕の内側から淡い緑が広がり、焼けた地面に新しい芽が点々と顔を出す。
「私の加護は、守ったものが次の守りになること」
番人が顔を上げる。
「あなたの炎のおかげで、森は前より広くなった」
ヴァルガンは怒号とともに、自らの角を抜いた。竜の角は神々を貫いた原初の剣だ。光をまとわせ、若木ごと番人を断とうと振り下ろす。
角剣がオルシェナの肩へ触れた。
次の瞬間、神代から折れなかった竜角だけが細かな光になって砕けた。