両親は別居させます
夕食の途中、薬袋家の小学生の姉弟が、そろって箸を置いた。
「お父さんとお母さん、別々に暮らしたほうがいいと思う」
父の口から豆腐が落ちた。母の手から醤油差しが滑りかけた。
「急に、何を言い出すの」
「前から考えてた。二人を一緒にしておくのはよくない」
「私たち、そんなふうに見えてた?」
「毎晩けんかしてるし」
「毎晩?」
父と母は顔を見合わせた。昨夜はテレビの音量で少し言い合った。その前は、冷蔵庫の麦茶を一口だけ残した犯人について揉めた。
「子どもの前では気をつけていたつもりだ」と父。
「全然だよ」と弟。
「かみつくこともあるし」と姉。
「かみつく?」
母が父をにらむ。
「私はかみついてないわよ」
「比喩だろう。君は言葉で」
「今それを言う?」
姉はため息をついた。
「ほら、また始まった。食べ物だって、お父さんがお母さんの分を取るでしょう」
「あなた、私のおかずを?」
「取ってない。昨日、唐揚げを一個もらっただけだ」
「私がいいと言う前に食べたわ」
「家庭内の唐揚げは共有財産だ」
「初めて聞いた法律ね」
弟が続けた。
「お母さんは夜中にずっと走ってる」
「私が?」
「お父さんはその音がうるさくて怒る」
「確かに君の寝相は激しいが、走ってはいない」
「それに、お母さんは食べ物を隠す」
「非常用のお菓子なら戸棚に」
「やっぱり隠してたのか」
「災害対策よ!」
子どもたちは、二人の言い争いを黙って見守った。やがて姉が言った。
「だから、ケージを二つ買って」
「ケージ?」
弟が隣の部屋から、小さな飼育箱を持ってきた。中では二匹のハムスターが、回し車をめぐって押し合っている。
「こっちがお父さん。食べ物をすぐ取るから」
「こっちがお母さん。夜中ずっと走るから」
「名前の付け方に悪意がないか?」
「観察して決めた」
「悪意より厳しい!」
「ハムスターの話だったの?」
父と母は同時に叫んだ。
「だって名前がお父さんとお母さんだもん」と弟。
その夜、ハムスターは別々のケージへ移された。
人間の父母は同じ部屋へ戻ったが、唐揚げの共有財産説だけは却下された。