予備校のパンフレット
机の中から、知らない予備校のパンフレットが出てきた。
表紙には「東京難関大コース」とある。
私の第一志望は地元の農学部だった。
放課後、隣の席の友人が戻ってきた。
「それ、見た?」
「誰が入れたの」
友人は黙った。
彼女はずっと、私なら東京の大学へ行けると言っていた。模試の判定もよく、担任からも上を目指せると言われている。
「勝手に入れた?」
「説明会だけでも行けばと思って」
「頼んでない」
私はパンフレットを返した。
地元に残るのは、家から出る勇気がないからではない。祖父の畑で育てている古い品種を研究したい。そのために、地域の農家と連携する大学を選んだ。
何度説明しても、友人は「もったいない」と言った。
「偏差値を使い切らないと、もったいないの?」
声が大きくなった。
友人も言い返した。
「だって、ここにいたら世界が狭いままだよ」
「東京だけが世界じゃない」
「残って後悔しても知らないよ」
教室の空気が冷えた。
私はパンフレットを机へ置き、先に帰った。
翌日、友人は学校を休んだ。
その次の日も。
担任から、彼女が東京の志望校を諦めるかもしれないと聞いた。父親が失業し、学費の見通しが立たないらしい。
私はやっと、彼女が私へ東京を勧め続けた理由を知った。
自分が行けない場所へ、私を送りたかったのだ。
放課後、彼女の家へ行った。
パンフレットを返すと、彼女は目をそらした。
「行ける人まで残るの、嫌だった」
「私の進路を、そっちの代わりにしないで」
「ごめん」
「でも、説明会は一緒に行く」
彼女が顔を上げた。
「何で」
「そっちが諦めるかどうか、調べてから決めるため」
奨学金や寮の資料を学校でもらってきた。簡単ではなかった。友人は結局、東京ではなく県外の国立大学を受けることにした。
私は地元の農学部へ進んだ。
卒業前、二人でパンフレットを資源回収の箱へ入れた。
「もったいない?」
私が聞くと、友人は首を振った。
「紙として使い切る」
私たちは笑った。
進路は能力を使い切る競争ではなかった。
それぞれが、自分の事情と願いを混ぜた場所で、何を育てるか決めることだった。