予定日のない電話
灯里が姉の茉耶に電話をかけたのは、母から「おめでたい話、聞いた?」とメッセージが届いた直後だった。
茉耶は三回目の呼び出しで出た。
「妊娠したの?」
挨拶もなく聞いてしまい、灯里はすぐ後悔した。
向こうで食器の触れる音が止まる。
「してないよ」
「じゃあ、母さんのあれ何」
「たぶん、従姉の話。最近、誰かが妊娠するたび私に電話してくるから」
灯里はベッドに腰を下ろした。
母は、結婚した茉耶には「早く子どもを」、独身の灯里には「姉より先は困る」と言っていた。順番を守れと言いながら、どちらが遅いかを数えている。
「ごめん。私も確認係みたいになった」
「うん」
茉耶の返事は短かった。責めているというより、疲れている。
「母さん、灯里には何て?」
「茉耶を焦らせないでって」
「私には、灯里に先を越されたら恥ずかしいって」
二人の間に、乾いた笑いが一つ落ちた。
灯里の机には、母から送られた卓上カレンダーがある。姉妹の誕生日には丸がつき、茉耶の結婚記念日の横には、赤字で「そろそろ?」と書かれていた。
灯里はそのページを破った。
「決めていい?」
「何を」
「母さんから聞いたお互いの話は、確認しない。本人が話すまで、知らないことにする」
茉耶は少し黙った。
「妊娠だけ?」
「仕事も、恋人も、家を買うとかも全部」
「じゃあ私も。母さんに灯里のこと聞かれても、知らないって言う」
「本当に知らないこと多いしね」
「それはお互いさま」
会話が途切れた。姉妹だから何でも話すべきだと、母はよく言った。けれど何でも話した結果は、いつも別の部屋で比較の材料になった。
茉耶が「今日は夕飯、うどん」と言った。
灯里は「私はまだ」と答える。
それ以上、献立の健康度も、生活の整い方も比べなかった。
電話を切る前、茉耶が言う。
「何か話したくなったら、予定日とかなくていいから」
「うん。そっちも」
通話後、灯里は母への返信欄を開いた。
〈誰の話でも、本人から聞くね〉
送信し、卓上カレンダーを裏返す。
白い背表紙には日付が一つもない。
灯里はそのまま、今夜食べたい物を考え始めた。