二人では飼えない

保護猫譲渡会の受付終了まで、あと十四分だった。

藤枝未央の膝では、灰色の老猫が喉を鳴らしていた。十二歳。腎臓の薬が必要で、これまで二度、譲渡希望者に断られたという。

西脇慶太が申込用紙を持ってきた。

「一か月のトライアル、申し込まない?」

「飼えないよ」

未央と慶太は同じマンションの別の階に住んでいる。付き合って七か月。互いの部屋を行き来しても、合鍵は持たず、旅行は一泊まで。休日の朝に慶太が朝食を持ってきても、昼までには自分の部屋へ戻り、共同の買い物は洗剤一本でも避けた。未央が長く続くものを避けていることを、慶太は急かさず見てきた。

猫が前足を未央の腕へ乗せる。受付係が「希望される場合は十八時までに」と告げた。

五年前、未央は恋人と犬を迎えた。二人で十年先まで世話をすると約束したのに、半年後、相手は「自由になりたい」と家を出た。犬は未央が引き取り、仕事を変え、看病し、最期まで一人で見送った。動物病院の待合室で、二人の名前が書かれた古い診察券を見るたび、約束だけが先に逃げたことを思い出した。愛したことを後悔してはいない。ただ、共同の約束が一人分になる怖さを知ってしまった。

「また私だけになったら無理」

「ならない、とは言えない」

「ほら。飼えない」

「でも、ならないための手続きはできる」

慶太は用紙の裏を見せた。緊急時の預かり先、医療費の分担、飼育を継続できない場合の連絡先。気持ちではなく、逃げないための具体的な欄が並んでいた。

「恋人だから信じて、じゃない。約束が壊れても、この子が困らない形にしよう」

未央は、永遠と言われるより、その不器用な備えに心を動かされた。

受付終了の五分前。猫が膝から降り、二人の足のあいだに座る。

未央は申込用紙を受け取り、主たる飼育者に自分、共同飼育者に慶太の名前を書いた。費用分担は半分、緊急時は相互、と記入する。

「一人では飼えない」

最後の署名欄へ、慶太が続けてペンを走らせた。未央は老猫を抱き上げ、トライアル用の小さな首輪を二人で選んだ。